スチャラカもくれんタマスダれ
※ボタンの上にマウスを置くと説明が出ます

だから、静嵐

「うぅ、殷雷も本気で殴らなくてもいいじゃないか」
 今日もいつものボケっぷりで殷雷に殴られた僕こと静嵐刀は腹を押さえて痛みに耐えて
いた。
「ちょっと静嵐、大丈夫?」
 静嵐にとってはまさしく天の使いと思えるような優しい声が聞こえる。
「やあ恵潤、おはよう」
「おはようって……まあいいけど」
 呆れた口調だけど、それでも僕を労ってくれるのは恵潤だけだ。
「はい、ちょっと服を脱いで頂戴」
「え?」
 いやちょっとそれは困るよ恵潤。恥ずかしいじゃないか一応僕たち宝貝にだって男女の
区別くらいあるんだからさ。
 と口に出す勇気もない僕は無抵抗で、すんなりと服を脱がされてしまった。
「これは酷いわね。今から薬を持ってくるからここで待ってなさい」
 動かないでね、と念入りに注意をして恵潤はどこか、多分龍華の薬箱だと思うけど、へ
足を向けた。
「ふふふふふ」
 なんだろう、邪悪な声が聞こえる。この声の質は、深霜だ。僕の最大の敵。ちなみに殷
雷はその次だ。
「かーわいいわね、静嵐は」
 可愛い、だなんて思っていませんよという口調。きっとさっきの光景を見ていて僕をか
らかいに来たんだろう。
「うふふふ。それにしても、刀の宝貝が怪我をして他人に手当してもらうなんてね。そん
な擦り傷ぐらい、三日もすれば直るじゃない」
 そんなの僕の勝手だ。僕だって自分が武器の宝貝らしくないんだろうなってことぐらい
は分かってるんだし、いちいち心の傷を引っかき回さないでもいいじゃないか。
 と、深霜が僕の腹を撫でている。それ自体は気持ちいいんだけど、深霜の目は獲物を狙
う蛇みたいに細められているのは何故だろう。
「そうね。私の殷雷が怪我した時の為に、練習しておかないといけないわよね」
 悪寒。僕の腹に添えられている深霜の指がとても冷えているように感じるのは、気分の
せいじゃなくて、深霜自身の能力を使っているからだ。僕を実験台にしようとしている!
 恐怖感に後押しされた僕は、いつもの2割り増しの速度でその場所から離れることがで
きた。
「……ちっ、逃したか」
 深霜が舌打ちとともにそう呟いたのが聞こえたような気がした。気のせいだと、とても
嬉しい。

「はぁ、はぁ、はぁ」
 必死で逃げたのはいいんだけど、ここはどこだろう。あ、そういえば恵潤にさっきの場
所から動かないって約束してたんだった。なんて事だ、恵潤との約束を破ってしまうなんて。
 僕は自分があまりにも情けなくて、その場に座り込んだ。
「あ、静嵐だ」
 言って、とてとてと駆けてくる子供の影。
「ねえ、どうしたの? 泣いてるの?」
 僕はこんな子供まで心配をかけられなきゃならないのだろうか。もっと落ち込みたくな
ったけれど、どうにかこらえて挨拶する。
「そんなことないよ。ちょっと走って疲れただけなんだ」
 そうなんだ。よかったよ、と塁摩は笑った。うん、塁摩の笑顔を見ていると僕も何だか
元気が沸いてきたみたいだ。
 落ち着いて見ると、塁摩は僕の見たことのない球を持っていた。それは? と訊ねる。
「ドッジボールという遊びをやってみようと思って。メンバーを捜してたんだ」
 知らない名前が出てきたので、どんな競技か訊ねてみる。
「二チームに分かれてね、ボールを投げつけるの。それで、敵の投げたボールは地上に落
とさないようにして捕球しないと負けになるんだ」
「なんだ、簡単な遊びじゃないか」
「うん」
 塁摩の顔はどこか暗くて、僕は寂しくなる。
「でも、誰も塁摩と遊んでくれないんだ」
 そういうことなら。
「僕が一緒に遊んであげるよ」
「本当?」
 塁摩は本当に嬉しそうに微笑んでくれるから、僕も嬉しくなってしまう。
「それじゃあ、静嵐はもっと向こうに行って。そうだな、あの木の横くらい」
 僕の背中の方に、一本だけ太い木があった。それのことだろう。塁摩に言われるままに
その木の横に立つ。
「それで、どうするんだい塁摩」
「まずは練習をしないとね。塁摩が投げた球を静嵐が取って、静嵐が投げた球を塁摩が取
るの」
「分かった。それじゃ、始めようか」
 塁摩は勢いよく腕を振り上げる。その勢いのままに腕を振り下ろして、勢いが乗り移っ
た球は僕の右手目がけて投げ込まれてくる。僕はその球を受け止めようと腕を動かそうと
した。その瞬間、僕の右手にかかる強烈な負荷感。捻れる。捻れた腕は体も巻き込む。グ
ルグルと回る視界は僕がグルグルと回っているからだ。視界は僕が本気で走った時なんて
目じゃない速度で奥へ進んでゆく。だんだんと下がってゆく体。もうすぐ地面に激突する
のは頭からでそれはよくないんじゃないかと気づいた時にはもう遅かった。
 弾ける視界。消える五感。最後に自分の首が折れる音を聴いたような気が、した。

「ああもう、どうして判断力がこうも致命的に欠けているんだ!」
「落ち着け龍華。そんなことはとっくに分かっていただろう」
「ええい、子供の遊びで武器の宝貝が壊れそうになった、この事態を前に落ち着けという
のか?」
 誰かが言い争いをしている声が聞こえる。だんだんと、覚醒する知識。そうだ、これは
僕の創造主の龍華仙人と龍華仙人と仲の良い護玄仙人だ。
「お、目が覚めたようだぞ」
 目を開ける。目を細めたこの人独特の笑顔を浮かべる護玄仙人の後ろに、鬼気迫る雰囲
気を身にまとった龍華仙人が垣間見えた。いけない。これは怒っている。僕が見たこれま
での中でも一、二を争う怒気だ。
「気分はどうだ?」
 僕は声を出さずに首を縦に振った。怖くて声なんて出せない。
「お前はどうしてこんな所に倒れていると思って――こら放せ護玄!」
 護玄仙人は龍華の首根っこを引っ張って廊下へ出ていった。去り際に見せた片目をつぶ
る仕草が印象に残る。僕も後で練習しておこう。

 そして部屋には静寂が戻った。
「……静嵐」
 と思ったのは勘違いだったらしい。僕が寝かされていた手術台の下から顔を覗かせた塁
摩の声は弱々しかった。
「塁摩か。どうしたんだい?」
 なんて言ってしまってから、そんなの決まってるじゃないかと気づいた。やはり僕は間
が抜けている。
「あれは僕の不注意なんだから、塁摩は気にしなくてもいいんだよ」
「でも、塁摩も静嵐が……その、ちょっとドジだってこと忘れてたから」
「謝らなくていいって」
 もしこんな場面を恵潤か殷雷に見られたら何と言われることやら。
「でもゴメンね、静嵐」
 その言葉を最後に部屋から出ていこうとした塁摩。何故か、それを呼び止める僕。
「良かったらまた今度呼んでくれないかな。あ、塁摩は力の加減をして欲しいけど」
 きょとんとした顔の塁摩。それはすぐに僕の好きな満面の笑みに変わる。
「じゃあ、静嵐が直ったら呼ぶからね!」
 手をぶんぶんと振って、塁摩は去っていった。

 後日。ようやく怪我の癒えた僕はドッジボールに加わった。その場所には殷雷や深霜、
それに恵潤がいた。なんだかんだ言って子供には甘いんだな殷雷、と言ったら顔面を殴ら
れた。
 まあそんなことはいつものことなんだろう。僕が加わって始まった最初の試合。殷雷
が投げてきた球を捕ろうとして、僕は見事に突き指した。

[index]