スチャラカもくれんタマスダれ
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宝貝制作秘話

 ここは九遙山。すなわち、和穂の師匠たる龍華仙人が洞府を構える地である。
 今はまだ、欠陥宝貝用の封印もなく、
仙界で欠陥宝貝たちが自由を謳歌していた、そんな時代。

                 *

 九遙山の工房はしっちゃかめっちゃかという有様だった。
このところ、宝貝制作を立て続けに行っていたからだ。
 似たような性能の宝貝を、いかに違う製法で造るかという研究。
その点では、概ね成功といってよかっただろう。
ただ、制作した四振り全てが揃いも揃って欠陥宝貝であることは残念だった。

「うーむ。ちょいと武器の宝貝を造るのにも飽きてきたな。
 今度はもうちょっとぱぁーっと派手な宝貝を造ってみるか?」
「それは止めてくれ。ただでさえ物騒な宝貝を造るお前が、
初めから派手な宝貝を造ろうだなんてな」

 そう横から口を出したのは、龍華の親友・護玄。
柱に身を隠しながらそう言ってくる彼はすっかり龍華に忘れ去られていたのだった。
「おや、護玄ではないか。何時の間に来ていたんだ?」
「・・・お前が俺のことを忘れて宝貝制作に没頭していたから、
帰るに帰れなかったんだよ」
「お前、まだ道を覚えていなかったのか。仙術を使えばちょちょいのちょいだろ?」
「ほっといてくれ。人の家に訪ねていって、迷ったので仙術を使いました、
じゃ格好がつかんだろ。それはいいから、早く俺を送ってくれ」
「分かったよ、じゃあ、ちょっと待っていてくれ」
「・・・頼むから、俺を先に送り返してはくれまいか」
それは、何度もここで迷った者の言葉だった。

 空間のねじ曲がった中を、二人が歩いてゆく。
「それにしても、よく道筋を覚えていられるものだよな。
 しょっちゅう改装してるんだろ?」
「勘だ」
「お前なあ・・・」
「冗談だ。いくら私でも勘だけでは覚えきれない。
 ま、私の優れた方向感覚もモノをいっているが」
 それはつまり、勘で多くを判断しているということだ。
 護玄は薄ら寒く思った。いきなり、
『おや、ここはこんな部屋では無かったはずなんだがな』
と言われたらどうするべきか。真剣に迷う護玄であった。

「それに大体、もう何度も足を運んでいるのに何故覚えていないんだ?」
「それを言われるとつらいが、とてもだが覚えられるもんじゃないぞ。これは」
「物覚えの悪いやつだ」
 なんてことを言い合いながら、出口(いや、入り口か)に辿り着く。
「ふう、太陽の光が眩しいな」
「天窓くらい洞府にもあるぞ」
「分かっているなら、つっこむな」
「分かっているから、つっこんだのだが」
ふう。安堵の溜息を一つ吐き、空気を腹一杯吸い込む。
「見送りはここまででいいよな」
「ああ、宝貝制作頑張ってくれ。だが、くれぐれも安全な物を造ってくれよ」
 足下に雲を起こし、護玄は九遙洞を後にした。

                 *

 再び工房へと戻ってきた龍華。心は宝貝制作のみに占められていた。
「さてと。どんな宝貝を造ろうかね」
 龍華の脳髄を様々な道具が駆け巡ってゆく。
それとともに、今まで制作した宝貝の種類・性能・欠陥をチェックしてゆく。
「・・・そうだ」
 今まで種種様々な宝貝を造ってきた龍華だが、
未だに手を出していない領域があった。
「今度は、兵器の宝貝を造ってみるか」
 兵器。基本的に人一人で扱う武器と違い、何人もが力を合わせてようやく動く物。
例えば、投石器や雲梯、連弩など。
 その攻撃力は、勿論武器とは段違いに高い。
 ただでさえ破壊力の大きい宝貝を造る傾向の強い龍華である。
 完成した宝貝の破壊力は、これまで龍華が造ってきた宝貝の中でも
最大のものとなるに違いなかった。

                       *

「おーい、龍華。いるのか?」
 数ヶ月後。護玄は土産の仙桃を持って九遙洞の門を叩いていた。
まあ、気長に待つか。宝貝制作に気を取られている龍華が、客に気づくとも思えない。
だがきっかし三秒後、目の前に龍華がやって来ていた。
「お、珍しいじゃないか・・・」
ふんっ、と護玄の襟をひっ掴み、龍華は何も言わずに駆けだした。
「ぐおっ!」
苦悶の声を上げる護玄に構わず、龍華は走り続けた。
その内にどうにか護玄も息詰まりが直った為、龍華を問いつめた。
「ま、待て龍華。一体何のつもりだ!」
「ちょうどいい所に来てくれた。
 これからちょっとした実験をするからつき合ってくれ」
「実験だと? そういや今度は何の宝貝を造ったんだ?」
「・・・兵器だ」
さあっと護玄の顔が青ざめる。戦慄く唇から無理矢理に声を絞り出す。
「へ、兵器だと! そんなものの実験に付き合わされてたまるか。
 俺はまだぺちゃんこに潰れたくはないぞ」
「失礼な。既に安全確認は済ませてある。何、ちょっとした実験だ」
「ま、待て。放せ、放してくれー!」
 護玄の鳴き声が伝わる速度を超えて、龍華は走り続けた。
そのままの勢いで戸の開いていた工房に踏み入り、護玄を投げ放つ。
 護玄が戸の反対側の壁に激突する寸前に、龍華は叫んだ。
「四海獄、吸い込め!」
 護玄が吸い込まれた事を確かめた後、龍華も四海獄へと赴いた。

 龍華が四海獄にやってくると、護玄が恨みがましい目つきで睨んでいた。
「俺はただ、仙桃を届けにきただけなのに・・・」
あれだけの事を成し遂げたにも関わらず、龍華はいつものように言葉を重ねる。
「まあ、ついでと思って付き合ってくれ」
「・・・ふう。ここまで来て断るのもなんだな。
では、さっさと物騒な実験を終わらせてもらおうか。
 ところで、宝貝は何処に置いてあるんだ?」
 龍華は悪戯小僧の笑みで言葉を紡ぐ。
「今、お前がもたれ掛かっているそれ、そのものが宝貝だよ」
「何ぃ!」

 確かに、護玄がよりかかっていたそれはある一つの目的の為に造られていた。
 だが、大きさが半端ではない。全長半里(約2キロメートル)の巨大な物体。
高さはさすがに半里とまではいかないが、それでも常識外の大きさには違いない。
 それを見て、護玄は一つの兵器を連想した。
「衝車、か・・・?」
 衝車。張り巡らされた堅剛な扉、もしくは壁を突き崩す攻城兵器。
”高さ”という力を”速さ”という力に換え、敵を粉砕する為の兵器。
「そうだ。ただ、単に重力の作用を利用するだけじゃつまらんから、
雷気を使って更に加速を生み出せるようにした。
 ま、そんな細かい事はともかく。実践といこうじゃないか」
「まさか、俺でこいつの破壊力を確かめてみよう、などとは言わないよな」
「安心しな。前を見てごらん」
 衝車が威力を発揮するであろう前方に、一つの影があった。犬。
「くーん」
「・・・犬しか見えないが」
「あれでも、私が造った楯の宝貝だ。強度は十分検討して造ってある」
護玄に一応説明を終え、龍華は”犬”に念を押す。
「おい、創常楯。逃げるなよ」
 その言葉は、酷い脅しであった。
創常楯は移動しながら結界を張ることを念頭においた楯の宝貝である。
しかし、彼が持つ結界とは、動きながら結界を張れない事にあった。
 つまり、逃げたら結界を張ることが出来ず、さらに酷い目にあってしまうのだ。
 更にその上、龍華が殺気が宿ったにも等しい目つきで睨んでいた。
「くーん」
 その泣き声は、いやに悲しげであった。

「では、実験開始だ」
 その龍華の言葉を合図に、ガコンと衝車が音を立てて動き始める。
 ガ、ガ、ガ、・・・。初めはゆっくりだったその音は、
すぐに「ガガガガガ」へと音を変え、「ギュオンッ」という音が聞こえた瞬間には、
創常楯に直撃していた。
「キャウンッ」
 はじき飛ばされたその姿がぶれ、地面に落ちたときには原型をとっていた。
何カ所かひび割れが走っているのが護玄には確認できたのだが。
「よし、実験は成功だ!」
 横では、破壊力に満足した龍華がガッツポーズを取っていた。
衝車は創常楯が居た位置で傷も付かずに転がっていた。

「ところで龍華。衝車には傷が付いていないようだが。
 一体どんな素材で出来ているんだ?」
 創常楯も気になる所であったが、護玄も宝貝を造る身。
宝貝の素材等には興味が湧いた。
「ああ、それか。ごく普通の真鋼さ。
 破壊力は、衝車の外の一点で発揮されるように造ったから、
衝車そのものに傷が付くはずもない。我ながら惚れ惚れする宝貝だな」
 確かに凄まじい破壊力だ。だがしかし、欠点はそれでも存在する。
護玄は、致命的な欠点を既に幾つか見つけていた。
「どうだ、護玄仙人。何かご感想は?」
「今度の宝貝にも、幾つか致命的な欠陥がある」
「聞き捨てならないね。こいつの何処に欠陥があるってんだい?」
「・・・それは、」
「それは?」
「持ち運びが出来ないことだ」
 衝撃の真実。
「いや、しかし、四海獄に入れておけば・・・」
「四海獄から出したときに何処に設置するつもりだ。狭い場所では呼び出せまい?」
 護玄は言葉を続ける。
「それに、小回りが利かない。近くに回り込まれては、お終いだ」
 さらに驚愕の真実。
「それは、私が仙術で動かしてやれば・・・」
「そんな余裕が無い場合だってあるだろ?その時はどうする」
 そして、おそらくは最も重大な欠陥を指摘した。
「更に言えば、一回しか攻撃できないではないか」
 トドメとも言える驚天動地の真実に、さすがの龍華も打ちひしがれる。
「・・・」
「・・・」

 結局龍華はその日、次の一言しかその口から漏らさなかった。
「・・・ご教授痛み入ります、護玄仙人」
 仕方なく仙桃を置いて帰ろうとする護玄を、龍華は丁寧に送り出したのだった。

                 *

 更に二ヶ月後、九遙洞の扉を叩いた護玄を出迎えたのは、
目も覚めるような可愛らしい美少女だった。
「どうも、こんにちは。今日は私が案内するよ」
「ん? ・・・ああ、頼むよ。まだ道を覚えていなくてな」
 目の前を、小さな子供が自分を案内してひょこひょこと歩いてゆく。
『あの龍華が侍女を雇うとは、珍しいこともあるもんだ』
そう思うと、やはり違和感があった。
「なあ、君はいつからここにいるんだい?」
「ええと、二、三ヶ月前だよ。だから、つい最近なんだ」
 前に来た時には、こんな侍女はいなかったはずだが。
まあ、龍華自身に聞けばいいか。等と思案していたので、つい道を外れてしまった。
「ちょっと待った、護玄さん!」
 護玄の手を少女が引っ張る。引っ張られた勢いのまま、護玄は壁に激突した。
「いつつ・・・」
「あ、護玄さん大丈夫?ごめんね、力の制御がまだ巧くいかなくて」
 その時には、護玄はこの少女の正体に気が付いていた。

 少女に案内されたのは、やはりいつもの工房であった。
「龍華ぁーっ。護玄さんを連れて来たよ」
「ご苦労。そこいらで遊んでいてくれ」
「ね、恵順はどこにいるの?」
「中庭だ。恵順たち四人全員いると思うぞ」
 少女が駆け足で部屋から出て行き、工房にいるのは龍華と護玄の二人きりとなった。
まず話し始めたのは護玄。
「確かに、俺が前に言った問題点は改善されているようだな。
 だが、それにしてもどうしてあんな性格を設定したんだ?」
「・・・言うな。私も少し間違ったかな、とは思っている」
「・・・少し、か?」
「・・・少し、だ」

                 *

「ねえねえ、恵順、遊ぼ、遊ぼ」
 静嵐を小突いて遊んでいた殷雷は、その声を聞いて脱兎の如く逃げ出そうとした。
が、恵順に捕まえられる。
「殷雷、どうして逃げるの?」
 その声には、笑いが含まれていた。
 当然である。前日なのだ。塁摩に抱きつかれて気絶した上に、
相手は子供だからと舐めてかかった将棋で連戦連敗を喫したのは。
 相手は兵器の宝貝なのだから、と自らを納得させたが、
やはり、見た目は年下の相手に負けるというのは情けないものだ。
「止めないでくれ、恵順!」
「うー。無理を言って遊んで貰ってもつまんないし。
 じゃあ、仕方ないや。恵順、静嵐。遊んでくれる?」
「ほらほら、殷雷も来なさいよ」
 恵順に言われ、いやいやながらも仲間に入る殷雷。
「じゃあ、塁摩は何がしたい?」
「えーとね、かくれんぼ!」
「却下!」
 ちなみに、前日はかくれんぼをして遊んでいた。
「じゃあ、どろけい!」
「・・・うーん、何かなあ・・・」
「殷雷、塁摩が可哀想じゃないか。どろけいで遊んであげようよ」
「静嵐のくせに生意気にも俺に指図するつもりか?」
「い、いや、ボクはそういうつもりじゃなくて・・・」
「ほらほら、殷雷抑えて。あ、そういえば深霜は?」
 辺りを見回しても、目に付きやすい深紅の鳳凰の刺繍は一片すら認められなかった。
「きっとまたいつもの病気だろ」
「うーん、深霜も困ったもんね」
 いつの間にか塁摩を肩車している静嵐。キャッキャッと塁摩は喜んでいて・・・。
 欠陥宝貝用の封印が造られる前の、そんな一時が流れてゆく・・・。

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