スチャラカもくれんタマスダれ
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 二人が歩くのは、草原の中に人間が造った道。
草たちが生命力を次第に失って、次第に枯れていく季節。秋。
コオロギや鈴虫たちの多重奏を聞きながら、
二人はそんな草たちを眺めながら、てくてくと歩んで行く。

「うーん、いい天気だな。偶にはこうのんびりした旅もいいねえ」
「そうだね、殷雷。でも、私は秋より春の方が好きだな」
「いや、俺は秋がいいぞ。松茸、栗、かき、秋刀魚、
ちょいと待てばおいしい新米。食の秋だよな」
 言ってうんうんと頷く殷雷。こんなことを言っているがその実武器の宝貝である。
しかし、どういった理由か食い意地が張っていた。 
「でも、春だって、筍やふきのとうが美味しいよ。
あさりをご飯に混ぜて醤油で味付けしてもいいし。
 それに、柔らかな日差しに心地よい風。
凍てつく大地に隠されていた生命が姿を見せて…」
「む。それを言うなら、この美しき紅葉。命の散り行く哀れさよ……」
「だったら、春だって桜が散った後は物悲しいよ」
などと二人であれこれ喋りながら、街道を進んで行く。

「ところで、次の宝貝は何処なんだ?」
「ええと、あれっ! すぐそこにある」
「またか。索具輪は当てにならないな。調子が良かったと思えばすぐこれか。
で、どの位近くなんだ?」
「……聞きたい?」
「何故お前が口ごもるのか判らんでもないが、護衛として聞かずばなるまい」
「……もう見えていてもおかしくない位に近いよ」
 その眼差しを鋭くして、殷雷は辺りの宝貝の気配を探る。
だが、索具輪に見つかるからといって、殷雷が知覚出来るという事でもない。
辺りには、宝貝の気配は無かった。いや――
「あの爺さんが相手か。出来れば会いたくは無かったが」
「なに?強いの、そのお爺さん」
「いや、弱いとは言わないが、さして強くもない。俺なら余裕で勝てるはずだぞ」
「と、言うことは。うーん――お爺さんだから、殷雷を猫可愛がりするとか?」

 ぴしっ!
 殷雷の表情が見事に無表情になった。
殷雷はものの見事に当てられた真実を誤魔化すべく、和穂に話しかけた。
「ち、違う。そんな理由であの爺さんに会いたくないのではないぞ」
 が、声が震えていた。
 その震えは和穂の言葉が真実であるとはっきりと証明していた。
猫可愛がりされる殷雷。和穂は、そんな殷雷を想像してみた。


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 縁側で日向ぼっこする老人。そこに殷雷が通りかかる。
「おお、殷坊か。よく来たのう。菓子でも食ってはいかぬか?」
「残念だが、じじい。そんなに俺は暇じゃないんだ。誰か他と食ってくれ」
「うーん、子供はその位元気があったほうが良いのう。儂も子供の頃は・・・」
 老人は、言葉を紡ぎながら殷雷の頭を”いい子いい子”となでなでしている。
「このくそじじい! 子供扱いするなと何度言ったら判るんだ。
 塁摩のような子供の姿をした宝貝ならともかく、どうして俺まで!」
「何を言うんだ、殷坊。そんな事を言っている内は、まだまだ子供じゃぞ。
ほれ、飴をやろう」
 殷雷は乱暴に老人の差し出した飴を振り払い、飴は床に落っこちる。
老人は飴を拾い、口にすると殷雷に注意する。
「ふう。いいか殷坊。食べ物を粗末にしてはいかんぞ。
昔から米粒には神様が住んでいると信じられていてな……」
 さっさと逃げようとする殷雷だが、その体からは信じられない力を発揮する
老人の前に手も足も出ない。
 結局、殷雷が飴を食べ終わるまで、ニコニコした顔で殷雷を見ている老人と、
とことん不貞腐る殷雷がそこにいた。

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 ついに和穂は笑いの発作を止められなくなった。
秋の虫たちの声と和穂の押し殺した笑い声が唱和する。
「だぁっー!! 違うと言ってるだろうが! 何故笑う!」
 和穂の襟首を掴んで、振り回してまで殷雷は誤魔化そうとした。
「いかんぞ、殷坊。おなごは優しく扱わねばのう」
 殷雷の表情が硬直し、次の瞬間に木っ端微塵に砕け散った。
和穂は堪らず大声で笑い始める。殷雷もやけになって笑い始めた。
 時に、季節は秋真っ盛りであった。



             木、枯れる時



 男は、詩人であった。変わりゆく季節、変わらぬ風景、
様々な人間模様、それぞれの夢。それらを紡いで詩を作る。
 時には男は、英雄の物語を奏でた。
一匹の妖魔によって荒れ果てる王朝。それを退治すべく立ち上がる英雄たち。
幾多の犠牲を礎に、ついに妖魔を退治する。英雄たちの治める国は反映を極めたが……
 そんな彼が、宝貝『鶴杏鞘』を手にしたのは当然の事だったのかもしれない。
かの宝貝は比類無き知識を誇り、情緒に溢れ、侘び寂びを心得ていた。
『鶴杏鞘』を手に入れてからというもの、男の作品の質は格段に向上した。
 だが、男は悩む。これは、本当に自分の実力なのか、と。
ただ『鶴杏鞘』の思考をなぞっているだけなのではないか、と。

「以上が私の自己紹介です。では娘さん、お願いします」
 飯店(宿屋)とは、すべからく宿泊施設と饗応施設を併せ持っている。
判りやすく言うと、布団と食べ物の両方を提供してくれるのだ。
飯店の食堂で、殷雷たちは一つの卓を囲んで食事を摂っていた。
「ええと、私の名前は和穂といいます。仙人だったのですが、
今は理由有って術は使えませんが。ほら、殷雷の番だよ」
 口の中に入っていた栗ご飯をきちんと咀嚼してから、和穂は自己紹介をした。
「何が悲しゅうて、知り合いに自己紹介せねばならんのだ……
我が名は殷雷刀。名前の通り、刀の宝貝だ」
 不作法なことに秋刀魚の塩焼きを食べながら、もしゃもしゃと殷雷は自己紹介した。
そして、3人の視線がもう一人卓に座っている老人に向く。
視線に促され、老人はナスの炒め物を自分の皿についでから口を開いた。
「儂の名は、鶴杏鞘。龍華の作りし宝貝の内でも古参の者の一つよ。
儂の特技は詩文。じゃが、詩文と言うても奥が深く――」
「待て、じじい。話は後にしろ。自己紹介だけで十分だ」
 長くなりそうな話を強引に殷雷が止める。
その横では鶴杏の蘊蓄を聞きたかったのだろう、男が悲しげな顔つきをしていた。
この男の名は、許循。現在の『鶴杏鞘』の所有者である。

 宝貝『鶴杏鞘』の所持者・許循と街道筋で会った和穂は、
許循に宝貝を返してくれるよう、いつもの通り丁寧に頼んだのだった。
許循の返答は、返してもいいのだが少し待って欲しい、ということだった。
で、詳しい話を聞かせてもらおうか、と飯店に来ているのだった。

「で、だ。どうして今すぐ宝貝を返すわけにはいかないんだ?」
 殷雷はズバリと核心を突く質問を許循に浴びせた。
一見乱暴なようだが、殷雷は殷雷で許循の人となりを観察した上で、
核心を突いたとしても、許循がいきなり手のひらを返して襲ってくることはない、
と確信しての発言なのである。
「それは、2週間後に詩文の大会があるからです。
その大会では、僕は鶴杏の力を借りないで詩を作るつもりです。
そうやって、自分の実力を知りたいんです」
 核心をあっさりと語った許循はずずっとワカメと油揚げのお味噌汁を啜った。
「ちょっと待て。前の大会より成績が悪かったら
『鶴杏鞘』は返さないつもりなのか?」
 殷雷にとって詩文の大会などどうでもいいことだ。
例えばだが、目の前にある出汁の効いた卵焼きの方がよっぽど重要だと言って良い。
そして殷雷の一番の関心は”いかにして宝貝を回収するのか”にあった。

「いえ。僕は自分の実力を確かめたいだけですから」
 許循の言葉に対して心外そうに鶴杏が呟く。
「じゃから、そんな事をしても意味がないと言っておろうが。
これまでの儂との旅で、お主は確かに向上しておる。
 じゃが、それはお主の儂から技術を盗もうとする努力が実っただけのことじゃ。
決して儂の思考をなぞっているだけではない!
それを認めるのなら、師弟関係全てが否定されるわい」
 『そう言えば、龍華師匠は私に”学ばせる”のではなく、
私が”自分から学ぼうとする”態度を引き出して教えてくれたな・・・』
和穂はちょっとしんみりした気分を吹き飛ばそうと、
黄色い銀杏の入った蒸したての湯気の立ち上る茶碗蒸しに挑み掛かった。

                 *

 翌日。突然の事で申し訳ないが、
和穂たち4人は覆面の男に取り囲まれていた。数は50人ほどか。
街道が林にさしかかって幾ばくか。待ち伏せには絶好の場所と言えたが……。
「何で俺たちが襲われるのだ? ……おい許循。まだ言ってない事があるだろ」
 目を細めて、嘘を言いやがったら承知しねえぞ、と
脅しをかけて殷雷は許循に詰め寄った。やはりあっさりと許循は真相を漏らした。
「いや、実は対立候補の妨害工作でして。
僕も実の所困っていたんですよ。幾度倒してもしつこく襲撃をかけてくるんですよ。
誰の手先か判らないので止めようもありませんし」
「なんで詩文の大会なんかでこんな裏工作が流行ってるんだよ……
この前の衛如の一件といい、今回といい……」
 殷雷はぼやく。どうせ、自分がやることは無いのだ。
「じじい、こいつらは任せた」
「なにっ!? 殷坊、老い先短い老人に荒事をしろと言うのかい?
それはちと薄情ではないかい?」
「そうだよ、こんなお爺さんに戦わせようだなんて、ちょっと酷いよ」
 和穂まで手助けするよう言われ、殷雷は溜息を吐いた。
「いいか和穂。何でこのひ弱な許循が今まで無事だったと思う?」
 殷雷に逆に質問され、和穂は考え込んだ。
「あれ? じゃあ、もしかして鶴杏さんは強いの?」
「それはワシの沽券にかかわる一言じゃな」

 その言葉を合図に、覆面の男たちが躍りかかってきた。
殷雷は自分と和穂を狙って来た敵だけを相手する。
殷雷を手強しと見た男たちは、護衛と思われる殷雷を無視し、
鶴杏と許循に襲いかかった!
 四方向より同時に襲いかかる男たちの刃を、
鶴杏は易々とかいくぐり、許循に襲いかかった男たちの刃も、空中に停止した。
 そこへ殷雷刀を手にした和穂が突入する。
女と老人ごときに次々と武器を飛ばされてゆく部下たちに憤慨し、
首領は直属の部下たちを従え、前線に赴いた。その手に何かを手にして。

 殷雷たちは相手を粗方打ちのめしていた。
そこに、一目で他の十把一絡げとは明らかに違った男たちが降りてきた。
とはいえ、10人ばかり。
「じじい、あいつらは任せたぜ。俺たちは休ませてもらおうか」
『だから、薄情じゃと言っとろうが!』
 至って気楽な顔でそう言ってくると思われた鶴杏は、
その顔に深く皺を刻んで話さない。殷雷は拍子抜けした。
「じじい、どうした。たかが10人ばかし・・・」
「じゃから、お前は武器として半人前なのじゃ。
よく頭領を見てみぃ。そうじゃな、右手に握っている物をな」
「は? 何を言って――何!あれは!?」
首領の右手は一輪の花を握っていた。

 それは――宝貝『裂砲花』――。

                 *

「詩文の大会の妨害工作で、ついに宝貝までが出てくるのか……」
 軽口をたたく殷雷。今、殷雷の表情を映し出している和穂の顔は歪んでいた。
事情の全く判ってない許循はおろおろするばかりであった。
「殷坊。儂が『裂砲』を何とか防ぐ。雑魚達は頼んだぞ」
「待てじじい。肝心の『裂砲』はどうするつもりだ?」
「雑魚どもを片づけてから、じっくりと考える」
「へっ。そんな暇があるとは思えんがな」
――作戦会議、終了――。

 殷雷が地を駆ける。その刃によって次々と覆面の男たちの体が崩れ落ちる。
いつか確実に我が身を襲うであろう恐怖に駆られ、首領は『裂砲花』を発動させた。

 『裂砲花』の花びらの一つが散る。
それは風に乗ってふわりと、時には明らかに風に逆らって、空を飛んでゆく。
動きはお世辞にも速いとは言えないが、ゆっくりと確実に和穂に向かう。
「破っ!!」
 鶴杏の作り出した見えない”壁”に花びらは接触し、
ドゥォッーーンッ!!
地を揺るがすかの様な音と、天まで届くかと思われる程の火柱を立てて、
『裂砲花』の一枚の花びらは爆発した。
 更に一枚の花びらが散る。
首領を殺すつもりで、鶴杏は”壁”を首領近くに展開する。
しかし、するりと花びらは”壁”をすり抜けた。そして、力無く地面にポトリと落ちる。

 『裂砲花』の造り出した轟音を背に、殷雷はひたすら駆ける。
「相変わらずだな。・・・派手にやってくれる」
 ”壁”は結界の技術を応用して作られている。
だから、その強度は使用した宝貝の強度によって決まる。
 鞘でしかない鶴杏の強度はタカの知れたものだ。
いつまでも『裂砲花』に耐えるというわけにはいかない。
 出来るだけ早く鶴杏を支援しようと、殷雷は更に力強く大地を踏みしめた。
また一人、殷雷の刃によって覆面の男の戦闘力が奪われた。残るは、あと二人。

 『裂砲花』と『鶴杏鞘』の実力はほぼ拮抗しているように思えた。
二つの宝貝が競り合っている間にも、仲間はまた一人と減ってゆく。
そして、ついに首領一人となった。仲間達を打ち倒した女が、くるりと振り返り、
こちらへ向かって疾走してくる。
 首領は覚悟を決めた。『裂砲花』の花びらが、ごっそりと抜け落ちる。
それは下手をすると、自分も爆発に巻き込みかねない量だった。

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 1週間前。首領は、一人の男と面会していた。この男が、今回の依頼人。
男は、軒轅の構成員と名乗った。男はこの宝貝『裂砲花』を首領に手渡し、言った。
「1週間後、道服を着た赤い飾り布で髪を括った女がここを通りかかる。
 お前には、この女を殺して貰いたい。これが、その女の似顔絵だ」
首領は言った。こんな女を始末するなど赤子の手を捻るようなものだ、と。
「だが、この女には腕の立つ武人が護衛に付いている。名は、殷雷。
刀の宝貝だ。くれぐれも油断するなよ」
『宝貝だと?そんなのはお伽話の中の迷信だろ』
 首領はそう笑い飛ばそうとした。だが出来なかった。
男の鋭すぎる眼差しから、男は本気であると気付いたから。男は最期にこう言た。
「お前の行動は筒抜けだ。我らには、全てを見通す宝貝『九天象』がある。
今手渡した宝貝『裂砲花』をこのまま盗んでやろう、等と馬鹿な事を考えるなよ。
……そうそう、最後にこれだけは言っておこう。失敗するなよ。失敗したら、これだ」
 そうして、男は手で首を切る仕草を行った。殺す、という意思表示だ。
首領は恐怖した。一生を闇の中をで生きてきたこの男が、だ。
男は、商人風の屋敷を構えていた。が、この”気”は決して商人の物ではなかった。
その男の瞳は、深さのようとして知れない湖のような、そんな物だった。

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 『裂砲花』の花びらは、今までとは比較にならない規模で鶴杏へと向かう。
慌てず”壁”を展開する鶴杏は変わらず穏やかに見えた。
だが、その額には一筋の冷や汗が流れ落ちようとしていた。
 ”壁”は首領からは十分遠く、爆発に首領を巻き込ませる事は出来なかった。
そして『裂砲』を防ぎきれなかった鶴杏の体の輪郭がぶれ、薄くなり、そして消えた。
今の衝撃は、鶴杏にとって重すぎたのだ。致命傷と言える程に。
 間髪入れずに『裂砲花』の花びらが束になって和穂へ向かう。
慌てて退却する和穂を追って、『裂砲花』が散らばり、四方に散らばりながら
和穂を目指す。
 『裂砲花』の前には、和穂の体など薄っぺらい紙きれに等しい。
殷雷が確実に逃げ道を塞がれてゆくことに焦り始めたとき、和穂を追う花びらに、
半ば錯乱した許循の投げた帽子が当たる。
 帽子に接触して『裂砲』は爆発した。その隙に殷雷は和穂を包囲網から脱出させる。
「すまん許循、助かったぜ!」
 それに、これで相手の花びらはほぼ尽きたはずだ。
なら、と首領に振り向いた殷雷は見てしまった。
「なんてこったい。多年草とはな」
 散ってしまったはずの『裂砲花』の死の花は再生していた。
 再び、花びらが優雅に飛ぶ。死の匂いを漂わせて。

 鶴杏が最期の力を振り絞って、和穂を追う花びらに向けて、”気”を集中させる。
それを見た殷雷は慌てて叫び声をあげる。
「待てじじい、勝算のないところで能力を使って死ぬつもりか!」
「な、ならお前は名案を持っているというのか!」
殷雷は奔りながら声を張り上げる。
「九鷲器、出てこい!」
 和穂の腰にくくりつけられた瓢箪から、一人の女性が姿を現した。
「はいはい〜、いやあ、落葉を眺めながら酒宴というのも風流よね」
「馬鹿言ってる場合じゃないんだ、取り敢えずあれを打ち落としてくれ」
「む。九鷲酒を飲むと約束するなら働くわよ」
「何でも飲んでやるからさっさとしろ!」
「ちょっと殷雷、私九鷲酒だけは飲みたくないよ!」
 言質を取った九鷲は嬉しそうに微笑みながら、
水の槍を次々と作って『裂砲花』を打ち落としていった。
 しかし、『裂砲花』が止む気配はない。しかも、断縁獄に保存してある水が
切れてしまえば、元の木阿弥だ。

 やはり頭領ごと殺るしか無いのか?
見ると、鶴杏の体は先程よりも透き通っていた。
時間は無い。いや、あそこまで無理をしたからには、もはや助かる見込みはない。
「ふははははははっ!! 死ねぇ!」
首領の声が聞こえる。殷雷が悩む中、次の束が放たれたのだ。

 次の瞬間、飛来してくる『裂砲花』の花びらはおろか、
首領が手にした『裂砲花』本体までもが火を上げて燃え尽きた。
体に回った火を消すため、首領は地面を転がる。
その際、首領の目に映った和穂は、薄っぺらい紙を手にしていた。
 首領の預かり知らぬ事であったが、それは一枚の符であった。
符方録に収められし符の一つ。『焚きつけの符』。

「大人しくどっかに行くんだな。そして、二度と俺達の目の前に現れるな」
 殷雷は人の姿を取り、頭領に一方的に告げる。
「・・・恩に着る」
 首領は潔く負けを認め、殷雷に背を向けて歩き出した。
そして、林にその姿を消した。

                 *

「じじい、しっかりしろ!」
 鶴杏を揺り動かす殷雷の肩を和穂が掴んで、
振り向いた殷雷に対し、首を横に動かす。
「五月蠅いのう、殷雷。……そうじゃ、塁摩はおるか?」
「……ああ。会いたいのか?」
 鶴杏はゆっくりと頷いた。
「塁摩杵、出てこい!」
 断縁獄から、塁摩が飛び出してくる。
「ちょっと殷雷、いま綜現と遊んでたんだけど」
 塁摩は遊びを中断させられて怒っていた。
「まあまあ、呼んだのは儂なんじゃよ」
 さすがに塁摩は、鶴杏を一目見ただけで状況を理解した。
だから、敢えていつも通りに振る舞った。
「あ、鶴杏おじいちゃん。こんにちは!」
「うんうん。塁摩はいつも礼儀正しいのう。殷坊も真似して欲しいものじゃ」
「無駄無駄。殷雷が素直になるわけないよ」
「そうか。塁摩は賢いのう・・・。ごほっ。ごほっ。そうじゃ、飴をやろう。ほら、」
 飴を貰って嬉しそうな顔をする塁摩だが、まだ不満そうな顔をしていた。
「うーん、もう一つ頂戴」
「ははは。これだけじゃ足りないか。ほら」
「うーん。もう二つだけ頂戴。だめ?」
「うん? 塁摩は欲張りさんじゃのう」
「違うよ。綜現にもあげようと思って。鶴杏おじいちゃんの飴は美味しいから」
「そうかそうか。塁摩は友達思いじゃな。ほら……」
 飴が手から滑り落ち、塁摩が差し出した手に落下する。
次に鶴杏の手が垂れ下がり、軽い音を立て、鶴杏の姿が掻き消える。
鶴杏が居た場所には、一振りの鞘が残されるばかりだった。これが、鶴杏の本来の姿。
「師匠!」
 許循が屈み込んで『鶴杏鞘』を拾う。
だが、許循を教え諭してきた声を聞くことはもう出来ないのだ。

                 *

 林に踏み行った首領。だが、そこにはあの商人風の男が待ち受けていた。
「失敗には死あるのみ。違いますか?」
 恐怖に駆られて首領は男に襲いかかる。男の脇腹を薙いだはずの刃は、空を切る。
驚愕する首領の首に、鋼線が巻き付けられた。

                 *

 二日後。和穂たちは大会会場に着いた。その場所は、四方を川で囲まれていた。
なんでも、出来た詩文を皿に載せて川に流す趣向なのだそうだ。
殷雷は詩文に興味も無く、辺りで一人ブラブラしていた。
 そうこうする内、和穂と許循が戻ってきた。
二人とも、手に賞状を持っていた。おやおや。和穂まで賞を取ったのか。

「ほら見て、すごいでしょ。審査員の人達も、新しい作風だって褒めてくれたんだよ」
 和穂が開いた賞状には、『審査員特別賞』とあった。
「ほお。有難いのやら有難くないのやら境界線上にある賞にも思えるな。
そういや、お前はどうだったんだ?」
 勿論、『お前はどうだったんだ?』は許循に向けたものだ。
許循が開いた賞状には、『銀賞』とあった。
「銀賞でしたが、悔いはありません。今になって、
ようやく師匠の言っていた事が判りました。
師匠に会っていなければ、とても賞は取れなかったでしょう。
 もしかすれば、この銀賞は、和穂さんが取っていたかもしれません」
「そうか。これでじじいも報われるってもんだな」

 殷雷は腕を組んで、天を見上げた。
空は高く、羊雲がチラホラ見えていたが、概ね好天だった。



『鶴杏鞘』  鞘の宝貝。故に、防御能力に優れる。
      『鶴杏鞘』が展開できる”壁”は楯の宝貝の防御結界と
      原理的に同じだが、”壁”は防御結界と違って、
            遠くにも張ることが可能である。
        ただし、鞘である事から、強度は楯に大きく劣るのだが。

『裂砲花』  花の宝貝。花びら一枚一枚が爆薬であり、
      爆発するかどうかは使用者が決める事ができ、
      更に使用者を中心とした半径3mの範囲では
      決して爆発しない安全機能を持っている。
       これでも一応植物である。

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