スチャラカもくれんタマスダれ
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「やっぱり温泉はいいですね、恵潤さん」
 露天風呂に浸かりながら、幸福の表情をその幼さの残る顔満面に浮かべて、
和穂は大きくウーンッと伸びをした。
「この前もそんな事を言ってなかった? でもまあいいか。
ふうぅ、疲れがとれていいね。っとほら塁摩、そんなに騒がないで」
 その長い髪を、白い湯の中でユラユラと漂わせ、
この世の幸せを独り占めしたかような表情の恵潤。
 温泉にのんびりと浸かって疲れを癒す二人から少し離れた場所で、
一人の女の子がはしゃいでいた。この女の子も和穂のつれである。
「おーんせん、おーんせん、ぬっくぬく、ぬっくぬく」
 ばしゃばしゃと、派手にお湯が撒き散らされ、白い大きな波が立つ。
ご察しの通り、その女の子は足をバタバタさせて遊んでいるのだ。
この女の子の名前は、塁摩。これでも兵器の宝貝である。

 さて、和穂のお供の殷雷はどうしているのだろうか。
彼は、まだ自分の能力を把握できていない恵潤や、その力を発動したら最期、
和穂ごと敵をぶっ飛ばしかねない塁摩に和穂の警備を全面的に任せるわけもいかず、
寒空の中、警護を続けていた。まあ宝貝だから、寒いとかは感じてない。
 だが肉まんを大口上げて旨そうに頬張っているその姿では、
健気とは口が裂けても言い難いものがあった。

 幸せに顔を緩ませて『ふーん、ふふーん』と鼻歌を披露していた恵潤であったが、
突然鼻歌を中断した。その顔には何か思わし気な表情が浮かんでいる。
「どうしたんですか、恵潤さん。まさか敵が!」
慌てて辺りを見回す和穂。
「そうじゃない。敵が近づいているのがわかっているのなら、ちゃんと警告するよ。
ただ、何かが足りないと思ってね。・・・そうだ和穂、ちょっと断縁獄を貸してくれ」
 この温泉に足りないものってなんだろう、と思いながらも
和穂は恵潤に断縁獄を渡した。恵順は叫ぶ。
「出てこい、九鷲器」

「いやあ、呼んでくれてありがと、恵潤。
うんうん、温泉にはお酒がつきものよね。何のお酒にする?
九鷲酒はどう? さ、ぐいっと一杯!」
 徳利の宝貝としての使命感に燃え、お酒を喜んで飲んでくれる相手を
見つけて喜び張り切る九鷲。
 いつの間にか恵潤の手がちょうど届く所に酒杯を並べた盆が浮かんでいる。
しかも一つ一つの杯には、御丁寧にも酒の名称を書いた札が貼ってあった。
かなりの達筆である。恐らくは、断縁獄の中で退屈を紛らわすために
九鷲が作ったものだろう。
 勿論九鷲酒もその杯の一つとしてある。
札には名前の他に『店主の一押し!!』とかかれていた。
 それはもう喜ぶ九鷲とは反対に、和穂の表情は実に暗澹としたものになっている。
特に、「九鷲酒」と書かれた紙を見た時にはこの世の地獄を見たような、
比喩ではなく本当にそういった顔を見せていた。
「九鷲酒は止してくれ。温泉よりも酒に興味が移ってしまう」
 少し不満げな顔を見せるが(お酒をオプション扱いされたせいである)、
九鷲は嬉しそうな顔でそれぞれの酒の解説を始めた。
 それにしても、恵潤は気の使い方がうまい。
和穂ならば、『九鷲酒だけは絶対にいらない!』とか言って
九鷲を怒らせてしまい、今頃は無理矢理お酒を飲まされている所だろう。
ま、和穂が子供なだけかもしれない。

                 *

 だが、どちらにしろ和穂はお酒を飲まされる運命にあったようだ。
「いやー、温泉にお酒ってのも良いものだね。あ、九鷲、もう少し頂戴」
そんな和穂の横では、”してやったり”といった顔で九鷲が杯にお酒を注いでいる。
「あー、和穂、お酒を飲むなんて、不良ーっ。きゃはははは」
そういう塁摩の顔も赤く火照っているのだが。
 そんな子供達を後目に、恵潤はあくまでちびりちびりと飲んでいる。
その有様は実に色っぽい。ここに殷雷がいたのなら、涙を流して感動するだろう。
 騒ぐ子供達と静かに酒を自らの手で酌む美女。まあ、変な取り合わせではあった。
 平和な一時を過ごす彼女たちであったが、”敵”はすぐ近くにまで迫ってきていた。

 ”敵”の接近に対しいち早く注意を促したのは恵潤であった。
「和穂、離れて!」
突然声を張り上げた恵潤は歯ぎしりする。武器の宝貝にあるまじき行い、
油断して敵の接近を許してしまうなどという失態を犯してしまったのだ。
 だが、過ぎてしまったことを悔やんでもしょうがない。
現在(いま)から最善手を導くべく行動を起こさなければ。
 実は九鷲が『辺りを警戒しながらお酒を飲まれては堪らないね』、と
精神の緊張を和らげる成分をお酒に混ぜていたために
恵潤が”敵”に気付くのが遅れてしまったのだ。

「おっふろ、おっふろ、たっのしいな、たっのしいな」
 ちらりと塁摩を見ると、無邪気にはしゃいでいる。
そう恐れるまでもない敵なのか?それとも塁摩はただ酔っているだけなのか?
どちらとも判断つかない現状では、とても塁摩の様子を見て和んでもいられない。
 なんといっても、肝心の和穂はいまだに事態を理解していないのだ。
「どうしたの、恵潤。九鷲酒でも飲まされたの?」
 事態を理解しているはずの九鷲は、容赦なく和穂にアッパーを決める。
和穂は高々と空を舞い、頂点から重力に引かれてだんだんと勢いを増し、
初速からはいささか劣るが、かなりの速度で水面に衝突して派手な音を立てた。
「きゅぅー」
「ちょ、ちょっと、起きなさいよ和穂」
 流石に慌てて、ぺたぺたと頬を叩いて九鷲が気絶した和穂を起こそうとする。
寝ぼけた和穂が酔眼をゆっくりと開き、その目に大きく飛び込んで来たのは、
巨大な月の輪熊の姿であった。

                 *

「きゃあーーーーーーーっ」
 初めて和穂の悲鳴を聞き、殷雷の思考は思考を目まぐるしく回転し始める。
敵が現れたのは間違いない。だが、恵潤や塁摩がいるというのに、
あの和穂が悲鳴を上げるとはただ事ではない。塁摩が敵わない相手に、
塁摩より劣る自分が太刀打ちできるとも思えないが、
和穂を守る。この願いの為には、例えこの身が砕けても構わない。

 殷雷は一口に肉まんの残りを平らげつつ、悲鳴の発せられた地へと向かう。
壁を壊すのはさすがに躊躇われたので、露天風呂へと続く道の途中にあった
湯船への戸を開け、板の張られた廊下と岩で起伏の激しい庭、
この違いをものともせずにそのままの勢いで露天風呂へ向かう。

 空中で熊と恵潤が交錯した。熊の鈍重な一撃からは身をかわし
熊の鳩尾(みぞおち)に恵潤はその拳を綺麗にめり込ませた。
恵潤はくるっと一回転して水音も抑えて着地し、
同時に気絶した熊はまともに頭から水面に激突した。

 目指す場所に辿り着いた殷雷の目の前で以上の光景が展開されていた。

「恵潤、その熊は宝貝によって喚ばれたのか?」
だとすると、こんなごつごつした地形で戦うことになる。
俺たち戦闘用に作られた宝貝はいざ知らず、
夜中に和穂を一人逃がすには不向きだった。
 そこで、初めて気付いた事は、九鷲を除いては、恵潤を始め全員が裸であることだ。
 そのことは素早く頭から追い出し、辺りを窺う。
『おや、何故、九鷲器がいるのだろうか。それに、九鷲を除く全員が
全員酔っぱらっているのは何事だ?』
 しかし酒に酔って注意を怠るとは、恵潤も落ちぶれたものだ』
「恵潤、他に敵はいないのか?」
と恵潤に聞いた殷雷に返ってきた答えは、
女性陣全員の”じとーっ”とした眼差しだった。

 みんな裸という情報を再び引っ張り出してきた殷雷は当然慌てた。
「ち、ちょっと待て、俺は別に覗きをしに来た訳じゃ・・・」
「ふん、信用出来ないね。前にも勇吾に覗きにいかないか、と誘っていたじゃない。
それより、こんな事をして、ただで済むと思ってないでしょうね」
殷雷がこれまで聞いた中では最も低い恵潤の声。間違いなく激怒している。
 殷雷は素早く自分が置かれた状況を推察し、どんな汚名を受けようとも
今すぐ逃げる事が最善手だと導き出した。
 踵を翻した殷雷はそこに塁摩がいるのを見て取って、
運命の神だか何だかを呪った。もう終わりだ。為す術無し。

「うう、もうお嫁に行けないよお」
 そんな今ひとつ意味不明ともいえる言葉をを恨みがましく言ってくる和穂に、
殷雷はつい状況も忘れて悪口を叩いてしまう。
「安心しな、お前みたいな眉のぶっとい奴を嫁に貰うような男はいないぜ」
「・・・」
 さらに女性陣の眼差しが冷たくなり、その眼差しには殺気すら伴ってきていた。
今すぐ逃げたいのところだが、目の前に塁摩がいるの為に、殷雷に出来ることは
ただ大人しく制裁を待つ事だけだった。
「・・・俺が悪かった」
殷雷には『なぜ、俺がこんな目に遭うのだ』、と愚痴を言う相手すらいなかった。
「安心して、殷雷。私は優しいからしっぺの一発で許してあげよう」
と言ったのは、塁摩。その言葉に女性陣が賛成する。

 殷雷はもはや観念して、これから我が身に訪れるであろう痛みを待ち受けている。
「いい態度ね、殷雷。男らしいわ。さあやっちゃって塁摩」
 促す恵潤に応えて、塁摩がゆっくりと手を振り上げ、神速で手を振り下ろす。
無論、その先には殷雷の腕があった。

 衝撃はほんの一瞬だった。だが、その間に蓄えられた力といったら。
「ぐごっ・・・」
あまりの痛みに殷雷は白目を剥く。
いい気味だ、と思っていた女性陣だが、殷雷がいつまでたっても
正気を取り戻さないのを見て、さすがに不安になってくる。
「ちょ、ちょっと殷雷大丈夫?」
 殷雷を揺り動かそうとした和穂だが、殷雷に触ったその瞬間に
その体は崩れ落ち、地面に落下すると同時にボンッ
と音がして、床にただ一振りの刀が残された。
 言わずもがな、殷雷刀の刀形態である。
いつもと違うのは、柄に近い場所に刃こぼれが目立つことである。
「ありゃ、少し力を入れすぎたかな。殷雷って、結構軟弱なんだ」
なんて呟く塁摩に、塁摩除く全員が
「やりすぎだよ、塁摩」
とため息をついた。

                 *

 その頃、断縁獄の中では

「久しぶりに二人っきりね、綜現。もう貴方を離さないわ」
ぎゅーっ、と綜現を抱きしめるのは織り機の宝貝たる流麗絡。
「ち、ちょっと流麗さん、恥ずかしいから止めてよ」
「そんな・・・このごろ貴方は、塁摩ばっかり構って、
私には全然構ってくれないじゃない。それに、今は誰もいないんだし。ね」
「そんな、塁摩ばっかり構うって、僕は塁摩と遊んでるだけだよ。
それに、流麗さん、なんか口調がおかしいよ。」
 その言葉に、なぜか流麗は顔面を蒼白にする。
「そう、そうなのね。やっぱり貴方は私を捨ててあの子を選んだのね。
酷いわ、綜現。貴方のことをこんなにも愛しているのに!」
 一方的に言い放ち、綜現をひっぱたいてから去って行く流麗に、綜現は
どうしてこんな事を流麗に言われるのか理解できずにその場に棒立ちになっている。
 その姿を見て、
「やっぱり私の事なんてどうでもいいのね!さようなら!」
とか流麗はヒステリーを起こし、かつ走ってそこから逃げ出した。
慌てて綜現は流麗を追いかける。それを確かめてから更に速度を上げる流麗。
 断縁獄の中は、それなりに平和だった。


        悪代官に抗議せよ!


 そんな事が起こってから一週間。ようやく殷雷の傷も癒えた頃。
久しぶりに、近くに宝貝が近づいていた。
どうやら、運が良ければ今日中にも宝貝にお目にかかれそうだった。

「ねえ、殷雷。あの町に宝貝がありそうだよ。それも二つ。場所が離れているから、
持ち主は違うと思うんだけど」
 和穂は耳飾りから手を離して、殷雷が持っている地図を見ながら言った。
「そうさな、場所が離れてるならそうだろうな」
 イカの塩焼きに夢中になって、自分の言うことを聞いてくれない殷雷に、
穏和な和穂も腹を立てる。
「殷雷、もっと真面目にやってよ。相手がどんな奴かはわからないんだから」
「そんなことを言われてもな。相手がどんな奴かは判らないんだからなあ。
何を考えろってんだ?」

 そんなことを言いつつ、問題の町へと着いた二人。
いや、村と言った方が正しいか。辺りに田園が広がっているのだから。
だが、農村地帯の村によくある、穏やかな雰囲気がこの村には足りない。
既に宝貝によって事件が引き起こされているのだろうか。
 そんな不安を抱きつつも、二人は村を進む。
殷雷が旅人を当てにしているのであろう、沿道に建てられた茶屋のおやじに
地鶏串焼きを注文しようとした丁度その時、突然、爆音が村中に響き渡った。

「殷雷、急ごう。宝貝の仕業かもしれない」
 和穂に同意して、殷雷は刀へと姿を変える。
殷雷刀を手にした和穂に、殷雷の眼光と動きが宿る。
殷雷の素早さで、和穂は爆音の発生地へと向かう。
宝貝・殷雷刀を手にした者は殷雷と同じ動きが可能となるのだ。

 和穂が辿り着いた場所は、村のほぼ中央に位置していた。
そこは火薬が爆発した後と見紛うばかりの荒廃した景色が広がっていた。
焼け爛れた木材などを見るところ、ここには家があったらしいのだが、
これっぽっちも原型を留めていない。
「ひでえな、こりゃ。万一人が巻き込まれでもしていたら、
宝貝でも持ってない限り助かりようがないぜ」
殷雷は、和穂の声で一人ごちる。
 そこに、弱々しい声が聞こえてくる。
「だ、だれか・・・助けて・・・」
「どうやら、運良く宝貝を持っていた奴がいたようだな」
 和穂はその声の主を救出しにかかった。

 その男は、さすがに無傷とはいかなかった。
だが、この有様で軽傷で済んでいる事実そのものが異常だった。
男が無事と見るや、殷雷は早速尋問に入った。ただし和穂の声で。
「おい、お前。宝貝を持ってるだろ。早く差し出したほうが身のためだぞ」
「ちょっと殷雷、言い方がきつすぎない? あの、ご免なさい。
私たちは宝貝を集めているんですが、あなたの持っている宝貝を返してくれませんか」
 男は混乱した。少女の口から似合わない粗野な口調で言葉が聞こえた次の瞬間には、
この少女に似合った優しい口調で丁寧に宝貝を返すように頼まれたのだ。無理もない。
 男の混乱に気付いた殷雷は、軽い爆発音を立てて人の姿をとった。
「我が名は、殷雷刀。刀の宝貝だ。このように人の姿をとることもできるがな。
尋ねたいのは、お前に大人しく宝貝を渡すつもりがあるかどうかだ!」

 男はようやく事態を理解した。殷雷の言葉に男は苦い顔をして、
「いや、宝貝は奪われてしまったんだ。ん?そんな事を聞くってことは、
あんたも宝貝を持っているんだな。出来れば、宝貝を代官から取り上げるのを
手伝って欲しいのだが」
 殷雷は男を注意深く探りながら答えた。
「断る。こちとら、宝貝を回収するのが仕事でね。お前さんが信用するに値するとは
わかっていないんで、生憎とそういうわけにはいかないんだよ」
「くっ。やはり、虫のいい話か。ならば、あの代官を破滅させてくれれば、
宝貝は返そう」
「ほお、察するところその代官とは極悪人で、村で暴政を敷いているのだな。
それで、俺にそいつを退治してくれ、と」
「おお、話が早くて助かる。さあ、今すぐに代官を退治してきてくれないか」
「あのなあ、いつ俺が了承したんだ。まずは詳しい話を聞かせてくれ。
お前の依頼を受けるか決めるのはそれからだ」

                 *

 男の話によると、男はいわゆる村の代表者で、
領主へ納めるこの村の年貢を総括していた。
 男は、一ヶ月ほど前に手に入れた宝貝を使って、年貢を上納する時に使う枡と、
不作時のもみの貸し出しに使われる枡の大きさが
この地方一帯で定められたものと違っていることに気付いたのだ。
 年貢を取り立てに来る代官は年貢の枡は規定より大きく、
貸し出しの枡は規定より小さくしていたのだ。
どこかで聞いたことのある話の様にも思えたが、
本人は大いに真剣である。そういって茶化すわけにもいかなかった。
 代官の不正についてはごく親しい間柄の者にのみ打ち明けていたのだが、
どこからか話が代官に漏れてしまい、代官は男と仲間を殺すことによって
不正を隠そうとした。その結果が、この荒れ地だというのである。

「なるほど、死人に口無しか。酷いことをしやがる。
だが、その悪代官を破滅させるのなら、不正を訴えればいいんじゃないのか」
「いえ、それが駄目なんですよ。私が持っていた宝貝を持って行かれて
しまいましたので。私が持っていた宝貝は、『量長尺』。
長さ・体積などあらゆるものを計ることのできる物差しです。」
 物差しなら、何が”駄目”なのだろうか。そこらへんを和穂は尋ねてみた。
「それならなおさら、安心できるんじゃありませんか?
物差しの宝貝って言うならば、さぞかし正確な値を出すのでしょう?」
「いえ、それが・・・。量長尺は空間を操って正確な値を計るんです。
ですから、使用者が望んで、視察官の物差しを歪めてしまえば・・・」
「なるほど、不正は絶対にばれないというわけか。
質問はもう一つある。この有様は一体なんだ?何でお前は無事だったんだ?」
 これが殷雷にとって最も大切な質問だった。
これからこの破壊を起こした宝貝と戦わねばならないであろうから。
「さあ、どうしてこんな有様になったのはよくわからないんですよ。
たぶん、量長尺が守ってくれたんだと思いますが。」
「わからない、では話にならない。何かを相手が持っていたとか、
そういった記憶はないのか」
「ああ、そう言えば代官が真っ黒な戟を持っていましたね。
代官がそれを振りかぶったら爆発が急に起きて・・・」
「わかっているじゃねえか、この馬鹿野郎!そういった事は早く言いやがれ!」
 殷雷は乱暴に男を蹴飛ばした。

「ねえ殷雷、その武器に心当たりがあるの?」
「ああ、俺は武器の宝貝なら、大抵見知っているからな。
おそらく、今回の敵は『断空戟』。空間そのものを爆砕する宝貝だ。
空間を操る宝貝でも持っていなければ、対抗のしようがない」
 かつて仙人であったとはいえ、今は仙術の知識その一切を封じられた和穂には
『空間を爆砕する』と言われてもピンとこなかった。
「ええと、何か強力な宝貝の様な気がするんだけど・・・」
「とにかく強力なんだよ!”何でも切り裂く”斬像矛ほど理不尽じゃないがな。
空間そのものが対象とされるもんだから、どんなに堅い物質であろうと
空間ごと抉り取っちまう。
 もし楯の宝貝を持っていたとしても、防御結界は所詮、
楯から離れた空間に展開されているものだから、防御結界が張られていない所で
空間をえぐり取られると、楯なんざ無くても同じだ」
 相手が強大すぎる時に殷雷が見せるひきつった表情を和穂は見て取った。
「じゃあどうして、空間を操る宝貝なら対抗できるの?」
「奴は空間そのものを対象とするのだが、空間を操って、
空間とそこに存在するものを切り離すんだ。そうすれば、奴は
存在と切り離された空間を爆砕―奴に空間をえぐり取られた場所は
まるで爆弾によって破壊された様になるからこう言うんだが―するしか出来なくなる。
もしくは、対象とされた空間付近を歪ませて対象をずらすか。
 まあこれが斬像矛なら、空間を操ろうと、空間ごと切り裂いてくるんだがな」

 自分に降りかかった災難がどういったものかを朧気ながら理解し、
今ここに生きていることで男は胸を撫で下ろしていた。
「で、問題はどうやって量長尺を奪うかだが」
「あのー、その断空戟とやらの対策はしなくていいんですか」
「だから、空間を操る宝貝があれば何とかなると言っただろうが!」
 男が話を聞いていなかったと詰る殷雷だが、
あの話を一回聞いただけで理解できる人間がどれほどいるのか。
「よし、今日の夜更けに悪代官の屋敷に忍び込むぞ。和穂、俺に索具輪を貸してくれ。
あと、お前・・・名前はなんだ?」
「え、あ、ああ、李種だが。」
「李種、お前は俺と一緒に来い」
「ねえ、殷雷。私はどうしていればいいの」
「その頃には、子供はもう寝る時間だ」
 もう少し他の言い方はないの? と、和穂の表情が険しくなる。
「むう。ねえ殷雷、いい加減に私を子供扱いするのは止めてくれない。
私だってもう十六なんだし。子供って年じゃないよ」
「そうやって駄々をこねる所が、子供だっていうんだよ」
「だ、駄々ってなによ!」

 その日の二人の口論は、いつになく激しく、そして長引くものとなった。

                 *

 夜中の二時。あれほど騒いだ和穂はぐっすりとあどけない寝顔を見せて眠っていた。
「どう考えても、この寝顔はガキのもんだよな。さて李種君、出発するぞ」
 その李種君は、どうにも乗り気ではないようだ。
まあ盗賊の真似事に乗り気になる様では、
村の責任者としては大いに危ぶむべきかもしれない。
「あのー、なんで私まで連れて来られているんでしょうか。
あなただけでも、いや、あなただけの方がいいと思うのですが」
「俺は、その悪代官の屋敷を良く知らないからな。その点、お前なら
何度か屋敷に足を運んでいるだろう」

 実のところ、索具輪は珍しい事に精度良く動いていたのだが、
この調子がいつまで続くかは判らない。
そこで水先案内人として李種を連れて行くのだ。
「さて李種、わかっているな。俺を使って屋敷に忍び込むんだぞ。
そうそう、索具輪を付けるのも忘れるな」

                 *

 殷雷刀を装備した李種は、首尾良く屋敷への潜入に成功し、
以外とあっけなく宝貝反応が出ている箇所に辿り着いた。
反応は二つ。どうやら同じ部屋に置いてあるらしい。
 因みに、彼らは忍び込むときのお約束として、天井裏に居る。

「李種、降りるぞ。」
と言うが早いか、殷雷は天井を破壊する。
「へ?」
といった李種の間の抜けた叫び声と共に、殷雷は畳の上に着地した。
 着地するまでの瞬間に部屋を観察した所、近くにあるのは量長尺だけだった。
断空戟までの距離は遠すぎる。備えも無しに断空戟と戦うのは危険だ。
殷雷は断空戟をまさぐる悪代官には構わず、量長尺を奪いにかかる。
二人が探し求めたものを手にしたのは、ほぼ同時だった。

 代官が断空戟を振るい、空間爆砕を仕掛けてくる。
爆砕が仕掛けられた空間を髪を通じて読みとり、量長尺で巧みにそらす。
避けられた事を知った代官は再び対象位置を設定する。
そういった攻防が幾度か続く。
 互いに打つ手は無く、何か打つ手は無いのかと、
今まで断空戟の攻撃を躱すことに成功して
少し余裕が生まれた殷雷がそう思ったその時、相手は通常の打撃を行ってきた。
つまり普通に打ち合ってきたのだ。
 殷雷は李種を操って自分自身でそれを受け止める。
だが、断空戟は同時に爆砕を仕掛けてきた!

 初めて空間が爆砕される音が響く。空間の軋みは音波を発するのだ。
とっさに辺りの空間を歪ませて音の伝達を防ぎ、騒音を抑えることで、
なんとか屋敷の住人が出てくる様な事態だけは避けられたようだ。
 なんとか直撃は避けられたが、殷雷には先ほどの余裕は消えて無くなっている。
先程の様な攻撃はそう何度も防げるものではない。ここは短期決戦あるのみ。
『李種、今の攻撃を続けられたらちとやばい。だが、俺に名案がある。
俺を信じてくれよ』
と言うと、殷雷は人間形態を取って、量長尺と索具輪を持って逃げ出した。

 戟は重く、その動きの速さは刀と比べて貧弱である。
その事を断空戟に知らされた代官は、逃げようとした殷雷を追うことを諦め、
ただうろたえるばかりの李種を始末しようと戟を振り上げた。
そこに、殷雷の付け入る隙があった。
 殷雷は移動する方向を転換し、電光石火、代官へと突進した。

 宝貝は、使用者の意志を越えた動きは出来ない。
断空戟は瞬時の判断が追いつかず、
攻撃対象を瞬時に李種から殷雷へと変更できなかった為に、
李種と殷雷のどちらにも攻撃を行うことができなかった。
 殷雷は容赦なく悪代官の両腕を折り、最後の抵抗を試みる断空戟の
空間爆砕を量長尺を使って躱し、断空戟をも破壊した。

                 *

 その後悪代官を気絶させた殷雷たちは宿屋へと戻った。
相変わらず和穂は眠りこけていた。
 七時ぴったりに起床した和穂に昨晩の成果を伝え、
三人で朝飯を食べていたとき、悪代官と取り方たちが押し掛けてきた。
「そういや、盗みには変わりないんだよな」
別段驚かず、朝飯を食べながら殷雷は呟く。
「ちょっと、殷雷。大丈夫なの」
「そうですよ、殷雷さん。どうしましょうか」
「李種。首謀犯のお前が何を言っているんだ」
「そんな・・・昨日天井をぶち破ったりしなければ」
「俺を使い慣れていないお前では、とうてい屋敷の廊下を歩いて見つからない、
というわけにはいくまい。それゆえ、屋根裏から忍び込んだのだ。
それに、もともと俺はそういった盗賊まがいのことは苦手でな」
「あなただって、代官に姿を見られてるじゃないですか!」
 李種に問いつめられた殷雷は何も言わず、和穂の箸を床に落とした。
「あっ!」
 すまんすまん、と言いながら殷雷は腰を屈めて腰を屈めて箸を取る振りをして、
体が卓の影にすっぽりと入った所で破裂音を立て刀の姿に戻った。
 理由が判らない二人に殷雷の声が響いた。
「とまあ、こういう訳で後は頼んだぞ李種君」
「ひ、酷すぎる……」
 あまりの仕打ちに呆れかえった和穂の横で不気味な笑い声が響いてきた。
「ふっふっふ・・・」
「李種さん?」
 心配そうに呟く和穂の視界には、異様な光を湛えた李種の目が。
どうやら、李種は完全に切れてしまったようだ。
「くそう、俺だけ捕まってたまるか!殷雷、和穂、お前らも道づれにしてやる!」
「どうぞ、やれるものならやってみな」
 あくまで冷静な殷雷ではあるが、和穂は不安でたまらなかった。



 即日、証拠不十分で和穂と殷雷は釈放されたが、
髪の毛や、天井裏についた指紋などの証拠が見つかった李種には実刑が課せられ、
村の自治組織の牢屋で半月ほど過ごすこととなった。
 風の便りによると、その後の村民の直訴により悪代官の悪事が露見し、
悪代官は牢屋送りとなったそうである。
 後々まで、和穂は李種までも牢に行かせてしまった事を後悔したものだが、
それにしても、珍しく狡猾な殷雷であった。



『量長尺』 物差しの宝貝。長さだけでなく、面積、容量、時間、熱量など
     あらゆるものを正確に測量する機能を持つ。
     欠陥は、空間を操るその能力を使って、他の物差しを歪めてしまう
     可能性があること。
      だがその欠陥は、太りすぎに困っていた龍華が
     体重が全然減らない腹いせに付け加えたものである。

『断空戟』 空間そのものを抉り取るする戟の宝貝。
     その破壊力は兵器の宝貝にも匹敵する。
     ”何でも破壊する宝貝”とも言えよう。
      欠陥は、武器の宝貝に必要な状況分析能力と索敵範囲が
     他の武器の宝貝と比べて、極端に劣っていること。

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