スチャラカもくれんタマスダれ
※ボタンの上にマウスを置くと説明が出ます

森の近くで

 夜。それは、生き物たちが眠りにつく時間。

 森は、多くの動物達が生息する場所。眠りを取る場所。
だが、今日は人間の旅人も泊まっていた。

 二人からなる人間の一行は、今日の夕方にこの森に辿り着いた。
今日中に森を抜けることは困難と判断した二人は、森で休息をとる事に決めたのだ。
その内の一人は、すやすやと寝息をたてて眠っていた。
もう一人は、たき火に薪をくべつつ、あたりを警戒していた。

 眠っているのは、まだあどけなさの残る娘。こざっぱりとした道服を着ていて、
髪は赤い布で一つに括っている。年は15ほどか。
 彼女の目は堅く閉じられていたが、きっと大きな瞳孔を持つ、
見るものを安心させるような目をしているのだろう。

 起きているは、一人の青年。銀色の髪を持ち、
彼の着ている服は、『透明な』黒色をしている。不思議な服だった。
その眼光は、まるで獲物を探し求める時の鷹のように鋭く夜間でも光って見えた。

 娘の名は、和穂。術を封じられた元仙人。
自らが人間界にばらまいてしまった神秘の道具・宝貝を回収するため、
術を封じてまでも人間界に赴く事を希望した、責任感の強い娘。

 青年の名は、殷雷。人間の姿をしているが、
彼の本来の姿は、刀。そう、殷雷は刀の宝貝なのである。
 人間界に降りる和穂を心配した和穂の師匠が持たせた護衛役。
武器にあるまじき、情に脆いという欠陥を持っている。

 二人は、地上にばらまかれた727個の宝貝を回収する、
という途方もない目的を持って旅をしている。

                 *

 よく寝ていると思っていた和穂が、いきなり『がばあっ』と跳ね起きた。
「どうした?」
 それまで行っていのリズムで火をくべていた殷雷は心底不思議そうに尋ねた。
それは、気丈な和穂が珍しくも涙を流していたからだ。
「ははあ、さては怖い夢でも見たんだな」

 殷雷は、和穂はそんなつまらない理由で泣くような『たま』で無いと承知している。
だが、実の兄を自らの手で葬った直後なのだ。
まだ完全にはふっきれてないのかも知れない。殷雷はそう考えた。

「そんなわけないでしょ、殷雷。あ、またずっと火に薪をくべていてくれたんだ。
ありがとう、殷雷」
 和穂は、彼女独特の、汚れない笑顔を見せた。その笑顔に、殷雷は答えなかった。
 代わりに『けっ。一人で勝手に礼を言ってやがれ』といった表情を
その面に浮かべた。本当は、純粋に照れているのだが。
それも、和穂は承知している。殷雷は慌てて話題を変えた。

「たまにゃ、一応、普通の少女らしく怖い夢で泣くこともあるかと思えば、
これだからな」
「ちょっと、その『一応普通の少女らしく』とはどういうことよ!」

 さすがにこれには和穂も怒って、殷雷に掴みかかる。
だが刀の宝貝はあっさりと和穂をいなす。
こけそうになっても、和穂はしつこくしつこく掴みかかった。
殷雷も少しぐらい掴まってやってもよいだろうに、和穂をいなし続ける。

 そのうち二人は飽きてきた。

「で、どんな夢だったんだ?」
先に折れた殷雷は、そう尋ねる。
和穂もいいかげん面倒になっていたので、素直に答えた。

「うん、変な夢だったね。いま思ってみれば」
 家族の夢。護玄さんがお父さんで、龍華師匠がお母さん。
程獲兄さんと、楽しく暮らす私。楽しかった。本当に」

 らしくない和穂。どうやら、こいつは重傷だな、と殷雷は考えた。
だから、和穂のため、彼は厳しい言葉を吐いた。

「所詮、夢の中の出来事だ。能なしの元仙人が気楽なことだ。
いいか、お前の兄は死んだ。護玄も龍華も仙界だ。それを取り違えるな」
「うん、わかってる。でも・・・」
「甘えるな和穂。そんな気持ちでは、とても宝貝回収など出来まい。
今、ここにいるお前が、全世界でたった一人のお前なのだ。
お前以外のお前などありえない。わかったならさっさと寝ろ。
明日はさっさとこの森を抜けたいからな」

                 *

「うん。御免ね、殷雷。変なこと言って」

 ふう、どうやらいつもの和穂のようだ。安心すると、どうしても悪態が
口から出てしまう。

「それにしても、俺が和穂の兄、なんて設定じゃなくて良かったぜ。
お前みたいな奴を自分が子供の頃から面倒みなきゃならんなぞ、全くぞっとするぜ」
「ああ、夢ではね、殷雷は私の従兄でね、程獲兄さんは留守がちな分、
よく遊んでくれるんだよ」

 しまった。殷雷は空を仰ごうとした。つまらない口を利いたせいでこのざまだ。
和穂の言葉が、とても嬉しかったのだ。うう、なんで俺はこんな性格をしているんだ。
どうやって答えればいいのだ!!!

 殷雷のその苦悩を、和穂は『?』といった面もちで見ていたが、
やがて自分の発言が原因だったのだろうと考え、話題を変えた。

「ところで、殷雷はどんな夢を見たことがある?」
和穂の言葉に、ようやく殷雷は調子を取り戻した。
「あのな、所詮夢なんてな、人間が弱い自己を防衛するためのものなんだよ」
和穂はその面一杯に『?』を見せている。
どうやら、殷雷の言ったことを理解仕切れなかったようだ。
 その和穂の表情を見て、まあ、それこそ『夢』が無いよな、と殷雷は思った。

「それに、」殷雷はここに強いアクセントを置いてから、
「そもそも俺達宝貝は基本的に睡眠を必要としない。
ただ、ずっと人間形態を取っていると、前の様に『気血の偏差』が起こっちまうが。
まあ、そういった事で、夢を見たこと自体無いからな」
「ふうん、そうなの。ところで、今何時?」
「お前な、この空を見れば大体わかるだろ。さあ、まだまだ子供は寝ている時間だぞ」
「むう。いい加減その子供扱いはやめてくれない?」

 と凄んでみせる和穂だが、はたから見るとちっとも怖くなかった。
それに、和穂自身もかなり眠たそうだ。欠伸をしている。

「まあ、この事は明日話し合いましょう。お休み、殷雷」
「へいへい、お休みなさいませ」

                 *

 夜。それは、生き物たちが眠りにつく時間。

 もりは、多くの動物達が生息する場所。
だが、今日は人間の旅人も泊まっている。

 その二人の一行は、今日の夕方にこの森に辿り着いた。
その内の一人は、すやすやと寝息をたてて眠っている。
もう一人は、たき火に薪をくべつつ、あたりを警戒していた。

 眠っているのは、一人の娘。こざっぱりとした道服を着ていて、
髪は赤い布で一つに括っている。年は15ほどか。
 彼女の目は堅く閉じられているが、きっと大きな瞳孔を持つ、
見るものを安心させるような目をしているのだろう。

 起きているのは、一人の青年。銀色の髪を持ち、
その着ている服は、「透明な」黒をしている。不思議な服だ。
その眼光は、まるで獲物を探し求める時の鷹のようだ。

 娘は夢を見る。

 青年は夢を見ない。だが、使命を帯びている。
 この娘を護るという、とても大事な使命を。

[index]