スチャラカもくれんタマスダれ
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お婆ちゃんとあそぼうね

「くくくっ。栄秋め。今日こそお前の最期だ。新しく手に入れたこの宝貝『冷断懐』の力を持ってすれば」
 闇夜の下、高笑いを上げて弾勁は懐から取り出した物体―見た目何の変哲も無い単なる懐炉を頭の上に掲げ持った。
「ふはは。ふはははっ。ふ、ふ、ふ…」
 力強い声は、笑いすぎたのか次第に途切れ細くなってゆく。
「こんなものでどうしろって言うんだぁー!」
 宝貝『冷断懐』。何のことはない、何回でも使える懐炉の宝貝である。

「今夜はいやに犬が騒いでるねえ」
 瀟洒な卓。贅沢に一流の葉を使った茶の葉を使用した緑茶の揺れる小杯。そして、雨漏りのしない邸宅。屋敷の周りに配置した番犬100匹。
 どれもが、僅か二ヶ月前までの栄秋からは考えられなかったものだ。
 商売から完全に手を引き、それまで使うことなくただしまい込まれていた金は初めて栄秋自身の意思で使われることとなった。
 あれがあの強突張りの山姥のぼろ屋だったとはとても思えない、とは近隣に住む者に共通する認識である。
 とはいえ、一代で築き上げた財産がその程度で傾くはずもなく、未だに栄秋は並ぶ者ない富豪であった。すると当然、栄秋にとってはやっかいな話も舞い込んでくる。
 橋の建設費を助成してくれ。恵まれない子供たちに愛の募金を。全ての話を栄秋は断り続けてきた。
 周囲の人はこうも言う。見かけが豪華になったところで、畢竟あれは栄秋だ、と。
 折しも季節は冬であった。この宝貝にも価値がないわけではない。いや寧ろ、この宝貝の能力を最大限発揮できる季節に違いない。
 そう自分を納得させ、弾勁は一直線に栄秋の屋敷へ向かった。



 屋敷を守るのは何も番犬ばかりではない。金にあかせて用心棒も雇ってある。
 栄秋自身が達人であるためその選定眼は確かであり、真に屈強な者が揃っていた。
しかし、用心棒の雇い主に対する評価は悪かった。
「そもそもだな、たった一人に対してこれだけの警備を動員するか?
金持ちってのは全く分からない人種だよな」
「やってられねーよ。この寒い夜にも警備しろってか?」
 あちこちで不平不満の声が上がり夜の帳が落ちてニ刻経っているとは思えない騒がしさだ。まあ、近所に数軒ある家には数年前から人っこ一人住んでいないのでそれを五月蝿がる人間はいないのだが。
「そう言うなって。それだけの金は貰ってるだろ?」
「そりゃそうだけどな。こんな寒い夜には酒を配るくらいの気配りが欲しいぜ」
「無理だよ。あの頑固ばばあがそんなことするか?」
 バンッ。屋敷の扉を蹴り倒して出てきた栄秋に、騒然とした様子は跡形もなく消し飛んだ。これで、けり壊された扉は12枚目。
「ほほぅ。誰だい、この栄秋を非難していた馬鹿もんは?」
 しかし、整然と静まりかえったその場から答えは返ってこない。ニヤと笑った栄秋の右足が一蹴する。
 ドカッ。いまだ衰えを感じさせない動きは、用心棒の一人を屋敷の壁まで突き飛ばした。仁王立ちした栄秋はそいつに向かって話かける。
「まだ耳が遠くなるほど年老いてないんでね。さっさと荷物をまとめてこの屋敷から出て行きな!」
 腹を押さえてうずくまっていた用心棒は、さっさと逃げた方が得策と気付いたか、何も言わずに出口を目指して歩き始めた。大した荷物はここに持ってきていないので、荷物をまとめるまでもない。
 男の背中へ栄秋が言葉を浴びせる。
「今週の分の給料は無しだからね。それと」
 栄秋は男の仲間だったとおぼしき一団に向き直ると言った。
「仲間がいなくなっては役にたってもくれないだろうからね。今週からあんたらの給料は一割引きにしとくよ。いいね!」
 そう言い捨てると、栄秋は屋敷へ戻っていった。

 それから一刻。屋敷は再び騒がしくなった。
「見つけたぞ、そっちだ!」
 弾勁は見張りに見つかり、屋敷の中を逃げまどう最中だった。気付かれずに屋敷の中へ忍び込んだところまではよかったのだが、中を窺っていた所を見つかってしまった。
 以前に比べて数を用意してきている分、全体的は質は低下しているようだ。うまく雑魚をあしらっていけば栄秋の居場所へ辿り着くことも可能だろう。
 弾勁は必死に動き回る。その足が暗がりに踏み込んだとき、上から何かが覆い被さってくる感覚に襲われた。すぐさま回避して様子を見れば、上空から網が投げかけられたようだった。
「くそ、罠まで用意してきていると言うのか?」
 これでは、夜陰に乗じて動いていることが返って仇になってしまう。
 だが、相手の動きはこの寒さで随分と制限されている。まだ、勝機はあるはずだと、弾勁は追っ手の気配のない方向へと再びかけだした。
「あちらから音がしたぞ!」
 馬鹿が、声で位置が丸分かりなんだよ。無能な敵に毒づきながらも走る。行く手にも用心棒の姿が表れる。しまった、まんまと誘き寄せられた!
 自らの失態に舌打ちして、やむなく屋敷の茂みに逃げ込む弾勁。彼に諦めという言葉はない。母の無念を背負って彼は走る。
 なるべく敵の少ない方向を縫って屋敷の中央、栄秋の部屋を目指す。だんだんと自分が追いつめられてゆくのが分かり、手の平が汗で滲んでゆく。
 ガサッ。横の草むらから鈎手が飛び出して足を払われる。倒れ込みそうになった体を両手で支えて再び走る体勢に戻った時には、周りを用心棒に取り囲まれていた。



 そして今、弾勁は栄秋の前に突き出されていた。用心棒の中には自分を何度も見た人間もいるらしく、またかといった顔をちらほら見かけた。
 にっくき栄秋は奪い取った『冷断懐』を片手でもてあそんでいる。
「ほほぉう。また宝貝かい。ただ、前のに比べると段違いに凄さが落ちるがな」
「ほざけ。宝貝に寂しさを紛らわせてもらっていた貴様の台詞ではない」
「こんなつまらないものなら返してやってもいいな」
「足腰も冷える季節、就寝時に足下に置いておけばいいのではないかな?」
 弾勁は猫なで声で言った。
「だから、そこまで老いてないんだよ、私は」
 そこまで言うと栄秋はニヤリと意地悪く笑って、用心棒に命令した。
「手足をこのまま縛ったまま、懐炉を背中に取り付けてそのまま放置しておきな」
「は? 警察には届け出を出さないのですか」
「それは後でいいだろ。私も毎日安眠妨害されるのは好きじゃない」
「では、そのように」
 栄秋はこほんと息を整えると、大声でどなりたてた。
「お前ら、この宝貝を盗みだそうなんて考えないことだね。そんなことをした奴は刺客を雇って地の果てまで追いつめてやるからね!」
 迫力ある一声に、隙有らばと狙っていた輩の顔色が変わる。目ざとく見て取った栄秋はその一人一人を前に引き出させ、一蹴り見舞ってから解雇を告げた。



「ぐぁああああ」
 弾勁が拘留された次の日の昼前。屋敷の改築時に特別に設けられた弾勁用地下牢に入れられた弾勁は痛みに呻き声を上げ続けていた。
 拷問を受けているから、ではない。弾勁用地下牢と言ったところで、ごく普通の部屋だった。机もあれば椅子もあり、拷問器具がこれ見よがしに飾ってあることもない。

「弾勁の様子はどうだい?」
 自分の部屋で果物を剥きながら栄秋は用心棒頭に尋ねる。
「はい、かなりうなされているようですが…どういたしますか」
「そろそろかね。警察に突き出しておきな。その際、背中の傷口には薬を塗って、医者に見せてやってからにしな」
 首肯して強面の男は部屋を退出した。シャリシャリと栄秋が果物を囓る音だけが部屋に響く。
「今度はこの私に拷問容疑でもかかるかね」
 まあ、金で解決すればすむことだろうと結論づけて、栄秋は皮と食べかすをごみ箱に放り捨てた。
 それにしても、あの馬鹿孫はいつまでこうしているつもりだろうか。栄秋は箪笥の引き出しをじっと見つめる。そこには、自分の遺書がある。自分の財産を全て弾勁を譲るという内容の。
 その時の、「ふざけた遺書を残しやがって!」と孫が怒り狂っている姿を想像して、栄秋は一人ほくそ笑んだ。



『冷断懐』  懐炉の宝貝。何度でも使用可能で、細かな温度の調節も可能。
       欠陥は、一度使用すると際限なく温度が上がってゆくこと。寝ている間
     にうっかり使っていると、家が全焼するのでご用心。

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