西瓜から始まる物語
さくっ。さくっ。
和穂は匙を使って一口ずつ口に運んでゆく。
じゃじ、じゅ。じゃじ、じゅ。
殷雷は豪快にそれにかぶりつく。
じゅ、じゅ。
和穂は几帳面に一つずつ種を取り除いてゆく。
ぷっ。ぶっ。
殷雷は口に含んだ種を次々と飛ばしてゆく。
とまあ、ここいらでわかっただろうか?
質問は、こうだ。「殷雷と和穂の二人は何をしているのか」だ。
答えも言おうか?
実に簡単だ。殷雷と和穂の二人は西瓜を食べている。とこうなる。
ぷっ。ぶっ。
殷雷の飛ばした種が皿に溜まっていた西瓜の汁を和穂に飛ばす。
「ちょっと殷雷、服が汚れちゃうよ」
「あぁ? 大丈夫大丈夫。ちゃんと洗濯しておけば一日で消えるぞ」
和穂が着ているのは、一見どこにでもある道服(まあ、売っている店は限られるが)に
見えるのだが、その実は仙界で編まれた繊維を使っていて、
その為ちょっとした汚れなら簡単に取れるのだ。
「お? おぉ?」
「? ・・・どうかしたの、殷雷?」
「和穂、お前ずっと同じ服着てないか? お前も”一応”、女の子だろ」
和穂とて年頃の女の子である。異性に「お前って着たきり雀だな」とか、
「”一応”、女の子」などと言われて”むっ”とこないはずがない。
こめかみを自分でぐりぐりと押さえつつ、和穂は殷雷に言い返す。
「それを言うなら、殷雷だってずっと同じ服じゃない。もっと外観に気を配ったら?」
「まあそれはそれだ。こいつは俺の鞘だからな。汚れてて当然と言うか。
それに、いい男はどんな服装でもキラリと光るのだ」
「・・・ふぅん。駄目な男ほどそう言うのよね。
あ、綜現♪ ここに種が付いてるわよ。私がとってあ・げ・る♪」
「あ、恥ずかしいよ、流麗さん」
流麗は和穂達と少し離れていたところで綜現と西瓜を食べていた。
無闇やたらと流麗が”甘〜い”空気を発散するので、
殷雷と和穂が逃げ出したわけなのだが。
「なんだと流麗、こんないい男にそれはなかろう!」
「・・・殷雷がその言葉を心から言っているなら、
私も心から殷雷の夜郎自大を尊敬してあげるわよ」
流麗は綜現の種を拭き取りつつ、殷雷を見向きもせずにそう告げた。
殷雷もここまではったりをかましては、そう易々と後へは引けなかった。
「和穂! 俺は文句なしにいい男だと思うな?」
「へっ?」
和穂は殷雷と流麗の口喧嘩を止めようとしていたが、
そう殷雷に訊ねられることは予想していなかった。
詰め寄ってくる殷雷に気圧されて、
「ぅ、うん。殷雷はいい男だと思うよ。私も、うん」
「ほれ見ろ流麗。ここに俺をいい男だと言う女性がいるぞ」
何を考えたか、流麗は大きな溜息を吐いた。
その理由が判らず、殷雷と和穂、綜現は流麗を凝視する。
「・・・仲の良いこと、お二人さん。羨ましいから私も綜現にくっついてやるわ。
ほんっと、お似合いの恋人よね」
『はぁ???』
流麗以外は、流麗の発言、その真意を測り知ることが出来なかった。
が、おいおい理解してくる。
「ち、違います! 私と殷雷はそんな関係じゃ・・・」
顔を真っ赤にして言う和穂。これでは流麗の思うつぼだ。
「な、何をいいやがる! なんで俺がこんなお子様と!」
きっぱりと否定する殷雷。だが、その否定は余りにも強すぎた。不自然なほどに。
「・・・ふうぅ。言うことまで一緒だわ。お暑いことよね」
こういったことに免疫のない二人の顔は、真っ赤に染まる。
和穂は、何となしの恥ずかしさのため、殷雷は、主には怒りのために。
「だから俺はこんなお子様の事などどうでもいいのだ!」
「・・・あらあら。どうでも良いと言ってる割には随分と必死に和穂を守ってるわね。
幾ら情に脆い欠陥があると言っても、普通は前の所有者を殺した人間に
復讐しようと思ったりはしないと思うけど?」
そう言われると、殷雷は言い返せない。自分を道具としては決して見ないでいる和穂を
好ましく思っていることは否定しようのない事実だからだ。
・・・まあ、それが恋かどうかは知らないが。
殷雷が『どうにかしてくれ!』と和穂の方を振り向けば、
和穂は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く始末だ。
そんな様子を横目で見ながら、流麗は一人西瓜を美味しそうに食べていた。
直ぐ傍では綜現が『いいんですか、こんな事して!』といった瞳を向けていたが、
『いずれハッキリさせなければならないこと』、と流麗は自分で自分を納得させた。
しゃりっ。しゃりっ。
「・・・面白くなってきたわ」
しばらく断縁獄の外に出ておこう、とか思いながら、
流麗の分の西瓜が消費されていった。
*
翌日。何もかも忘れた殷雷は一階の食堂へ降りてきた。(二階が宿屋だったのだ)
武器の宝貝らしいと言うか何と言うか。
「いよう、和穂。今日もいい朝だな」
「うん、そうだね殷雷。おはよう」
そう言葉が返ってくることを期待していた殷雷だが、
いつまで経っても和穂は何も言ってこなかった。不思議に思って尋ねる。
「どうした?何かおかしいぞ」
「ううん、私は別に大丈夫だよ。・・・殷雷、おはよう」
ようやく言葉が返ってきたが、その言葉はギクシャクしていた。
そこでようやく殷雷は昨日のことを思い出す。
「・・・おはよう、和穂・殷雷」
二階から流麗(と綜現)が降りてきた。
「てめえ流麗、よくものこのこと出てきやがったな!」
「・・・あら、どうかしたの?」
「どうってお前、和穂の調子がおかしいのは明らかにお前の所為だろ!」
「・・・ん〜」
流麗は和穂を見やった。よしよし。思い通り。今日も面白くなりそうだわ。
仕掛けもちゃんとしておいたことだし。
殷雷がなおも流麗を問いつめていた時、仕掛けはやってきた。
「やっ、和穂。恋の病に罹っているんだって?それなら私に任せなさい!」
「え?えぇと、そうじゃなくて・・・」
殷雷は目の奥がチカチカした。脳天もガンガンと鳴り出す。
次は耳の奥でジンジンと来るんだろうか、とか馬鹿なことも考える。
最悪の組み合わせだ。いや、きっとこの流麗の根性悪が仕組んだ事だろう。
だが、・・・まさか深霜刀を呼び出してくるとは!
「さあさあ、私が相談に乗ってあげるよ」
明後日の方向に言葉を飛ばし、無理矢理深霜刀は和穂を飯店の外へ引っ張って行く。
「ちょいと待てぃ!」
その殷雷の言葉を聞いて深霜刀が殷雷にその体を向ける。
と、突然深霜刀は殷雷を拳で殴りつけた。不意を突かれてもろに喰らう殷雷。
「ふっ。恋を邪魔する男にはお似合いの末路ね」
殷雷が地べたに張り付いたまま睨み付けてくるのを確認してから、
深霜刀は再び和穂を引っ張ってゆく。
「さあ、この深霜刀が恋のいろはをみっちりと教えてあげるわよ!」
そうして和穂は殷雷の目の前から姿を消した。
*
翌日、さらにその翌日と、事態はだんだんと悪くなってゆく。
今日はついに共に飯を食べることさえ叶わなかった。
殷雷は思い悩む。が、そう明暗が浮かぶはずもない。
だが、何か手を打たなければ。一時断縁獄の中に逃げ込む、ということも考えたが、
それで事態が解決するようには思えない。
結局殷雷に出来るのは、全て知らぬ様に振る舞うことだった。いつも通りに。
一方の和穂。こちらも精神がまいっていた。
毎日流麗と深霜の恋のレッスンとやらを受けさせられているのだ。
今日は一緒に食事も摂れなかった。何か自分が馬鹿みたいだ。
殷雷はいつも通りに振る舞っているのに、私だけ気にしすぎているような。
そう。私もいつも通り振る舞えばいいんだ。
次の日。流麗と深霜こと”恋のいろはを和穂ちゃんに教えてあげよう同盟”は
仕上げにかかろうとしていた。ここは王道通り、野盗に襲われた和穂を殷雷が
助ける、という仕掛けはどうだろうか。
必死に女を助ける男。これに心動かない乙女がいようか。
そう前日出した結論に従って、ご丁寧にも近所の破落戸を雇っていたりする。
そんなことはがいつもの事だ、ということを迂闊にも二人は気付いていなかった。
その日、殷雷は安心していた。和穂がいつも通り振る舞ってくれているのだ。
一種の幸福感を感じつつ、二人は街道を歩く。と、前方に破落戸がたまっていた。
相手にするのも面倒だ。殷雷は破落戸たちを無視する。が、
「なあなあ姉ちゃん、俺たちとつき合えよ」
破落戸どもが和穂に絡んできた。
和穂はすまなそうに謝るが、(そんなことしなくていいだろうが)
破落戸たちが引く事もない。ま、このところ苛々がつのっていたからな。
この嫌な気分を一掃してやるか。
棍を近くの木に立て掛けて、殷雷は動き始めた。
数分後。地面には気絶した破落戸たちが転がっていた。死屍累々といった風情か。
「はい、ご苦労様」
和穂が殷雷の棍を手渡す。その時、二人の手が重なる。
いやな予感に駆られる殷雷。和穂は――ニコリと笑った。
つられて殷雷も自然に笑う。
「じゃ、行くか」
「うん。次の宝貝はまだまだだね」
*
がさごそ。
近くの茂みが不自然に揺れる。言うまでもなく、
”恋のいろはを和穂ちゃんに教えてあげよう同盟”の方々ご一行である。
「・・・成功したようね」
「まぁ、この深霜にかかれば、恋を成就させる事くらい簡単という事。
さあ、追って二人の恋の成就を祝福するぞ!」
「・・・さあ行きましょ綜現。私たちの仲の良さを見せつけてあげましょ。
殷雷たちの愛情も私たちのそれには敵わないと」
ふぅ。溜息をこっそりと吐いて、綜現は一人思う。
『なんで、この二人は気付いていないんだ?』
殷雷たちは、愛情ではなく信頼で結びついている、ということに。
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