スチャラカもくれんタマスダれ
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- 探し人 -

 なんだ、眩しい――?
 チュン、チュンチュン……。
 朝か――?
 ぶるおおお。ぷっぶーーーー。

「ああもう、うるさい!」
 瞼をこじ開ける。
 ばささささ。俺の大声に驚いて雀が飛び立っていった。雀? 雀――。
「待て、俺の朝飯!」
と大声を上げたら、当然、逃げ出すわけで。
「しまった……」
 そもそも、ここはどこなんだ? 視界に飛び込んでくるのは、青い空。白い雲。黒い電
線。少し横に顔をずらすと、コンクリの壁、コンクリの床、床のデコボコ、雑草。この雑
草は食える代物だったっけ?
 ――違う。
 思い出した。ここは、とあるマンションの屋上だ。
 路上で寝ていれば歩行者に邪魔者扱いされるし、出歩く時間帯を間違っている中学生に
はホームレス呼ばわりされるし、警官に保護と称して人の過去をほじくられる。親子丼も
くれなかったけちな警官はこの際どうでもいい。
 何の話だったっけ。
 ――親子丼。違……わない。
 そう、ここは人の通わない森林公園ではない。それこそ蟻のように人がひしめいている
都会だ。そして今の俺はちょっとリッチだ。親子丼を大盛りで頼めるほどだ。
 よし、決めた。今日の朝飯は親子丼にしよう。

 コンビニの親子丼と、吉野家の牛丼を秤に掛けて、俺は吉野家の牛丼を選んだ。スーパ
ーだって卵より肉の方が高いじゃないか。だから俺は正しい。
 と、初志を貫徹できなかった自分を弁護してみる俺だった。
「それでは、日々の糧を与えてくれた吉野家に少しばかりお礼をしないとな」
 ポケットから人形を取り出して、念を込めると人形は俺の意志に従って動き出した。
「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい!」

 空にいるという少女。
 母さんが語った話は、まるで夢物語のようで。
 母さんがそれこそ夢物語のように俺の目の前から消えなければ、とても信じられるよう
な話ではなかった。
 独りになった俺は各地を転々とし、空にいる少女を探す旅を続けている。
 俺は空を見上げる。白と青のまだら模様に彩られている。

 君は一体どこにいるんだ――。



- 恋い焦がれて -

「お母さん、早くしてよ」
「なんや今日はごっつ急いでるな。何かあるん?」
「何かって……」
 今日は学校の始業式だよ、お母さん。そう口に出せなくて――
「ううん、なんでもないよ」
「そか」
 わたしは、にはは、と笑った。

 そして、今日も遅刻。学校に着いた時にはもう、みんな体育館に集まってた。
 が、がお……。
 わたしの”新学年! 心機一転して友達百人できるかな”計画は早くも頓挫しかけ。
 校長先生が厳かに話している体育館の扉を開けて、
「御免なさい、遅れてしまいました!」
と言ったら人気者になれるかもしれないけど、先生に怒られちゃうからね。
 うん、やっぱり今日も得意技で行こう。

 わたしは目の前に海があるこの学校が好き。もっと好きなのは、道と砂浜を区切ってい
る、この堤防。
 実は大分汚れていても、ところどころに海草が打ち捨てられていても、海にも空にも近
い、この場所が好き。
 両手を広げて、風を受け止める。海を走る帆船のように、空を飛ぶ鳥のように。
一度だけ、飛行機に乗ったことがある。その旅自体はとても悲しいものだったけど、わた
しは「空を飛ぶ」という行為に何かしらの感情を持っていた。それは、好奇心でもあり、
憧れでもあり、そんな感情がまぜこぜになったものだ。
 大画面に映し出される滑走路を見ながら、だんだんと速度を増してゆく飛行機。まさに
空に上がろうとする時、上からも下からも押し出されるような、不思議な感触が離陸とい
うものだと私は知った。地上から空へ――私が行ったことのない場所に行くのだと教えて
くれた。
 でも、飛行機で「飛ぶ」ことはちっとも面白くなかった。乗務員さんが手渡してくれた
お菓子もオレンジジュースも、私が地上で飲み慣れたものだった。特別じゃなかった。
 それになにより、感触がなかった。自分の体が 空を切る感触。私はその感触をはっき
りと覚えていた。
 ――空には、もう1人の私がいる――
 初めて、そう思った。

 気付いたら、みんなが体育館から出ていく最中だった。
 わたしも早く、自分のクラスに向かわないと。クラス――そういえば、私のクラスはど
こなのかな?
 観鈴ちん、ピンチ。クラス表はどこに貼ってあるのでしょう?

 観鈴ちんです。わたしは今、先生に連れられて新しいクラスに向かってます。担任の先
生は、去年と同じ人。優しい人だけど、怒ると怖い先生です。さっきまで、何故始業式に
出なかったのかと私を怒ってました。クラス表も見ました。私の知っている人が半分で、
残りの半分は私が知らない人。仲良くなれるといいな。
うううう、緊張するよお。
「いつものことですから、もう出席簿に遅刻を記入したりもしませんが」
「やった」
 これはきっと信念の勝利だ。
「何か?」
「いいえ」

 ここが、わたしの新しい教室。先生は私に一声かけると、教室の前の扉を開けました。
「みんな、おはよー」
 元気に明るく挨拶をしたのに、返事が返ってきません。掴みはオッケー、だと思ったの
にな。
「えー。みなさん、こんにちは。私が担任の――」
 先生の言葉が途中で止まります。
「観鈴さん、席についてください」
「あ、あの!」
「なんですか?」
「自己紹介はやらないんですか?」
「それは後で。さて、皆さんは学年が一つ上に上がったわけですが、これを機により一層
の……」
 ”新学年! 明るさをアピールして友達百人できるかな”計画は朝から失敗の連続。こ
んなんじゃ、友達が作れないよ……。
「ねえ」
「え、え!」
「声が大きいよ。観鈴ちゃん、だったっけ」
 隣の席の子が声を掛けてきてくれました。しかも、名前も覚えてくれています。
「うん」
「私は川口茂美。一年間よろしくね」
「う、うん」

 あっという間に放課後。
「観鈴ちゃん、一緒に帰らない?」
「うん」
 鞄に荷物を詰めて、さあ出発!
「……観鈴ちゃん?」
 あれ、体が動かないよ?
「ね、ねえ」
 立たなくちゃ、そして、一緒に校門を出て、一緒に通学路を歩いて、ゲルルンジュース
を一緒に飲んで、それから、それから――
「う、……うわああああ、わああああ」



「ごめんね、お母さん」
「なに謝っとんのや。いつものことやろ」
「でも、会社を途中で抜け出してきたんでしょ?」
「そうやなー、これでまたお給料減らされるわ。こうなったら、観鈴ちんのぬいぐるみ売
って穴埋めせんとあかんなー」
「が、がお……」
「その口癖やめいと言っとるやろ!」
「痛い……」
 晴子は今日一日、会社を休んでずっと家で待機していたのだが、本当の事は言わなかっ
た。

 今更、親づらしてどないすねん……。



- 魔法使い -

 空を見上げる。なんとなく、空から贈り物が降ってくるような気がしたから。
「わ」
 顔に直撃。結構、痛い……。
「うう〜」
 わたしは急いで辺りを確認。
「隊長、目標を見失いました!」
 あれ、どこに行っちゃったのかなあ。すぐ近くにいると思うんだけど。
「ぴ、ぴこーーーー」
 大変だ、流されてる。
 そう、ここは町はずれの川にかけられた橋の上。頭上から降ってきたあの子がちょっと
した拍子で川に転げ落ちても全然おかしくない――なんて考えてる場合じゃないよ!
「とうっ!」

 あーあ、服がびしょびしょ。お姉ちゃん怒るだろうなあ……。
「ぴこっ」
「ごめんなさいって? いいよいいよ、うん、大丈夫」
 わたしが助け出したのは、多分、犬なんだと思う。まるで綿毛のように真ん丸だから、
確信が持てないんだけどね。
「ぴこぴこっ」
「何々、恩返しをさせてください?」
「ぴこ」
「うーん、そうだなあ――それじゃあキミ、うちで飼われてみない? 一度、動物飼って
みたかったんだあ。あ、でもうちは病院だから、やっぱり駄目なのかな……」
「ぴこぴこ」
「え、自分の体には蚤も棲んでいなければ、毛を落としたりしないので大丈夫?」
「ぴこっ」
「よし、それじゃあ、わたしのお家に行こうかあ」
ってあれ? わたし、犬と喋ってるよ? これはもしかして、魔法が使えるようになった
のかも!

「…………やはり駄目だ。病院に動物は置いてはいけない、それは佳乃もわかるだろう?」
「で、でもこの子は自分は清潔だって」
 お姉ちゃんは椅子に倒れ込んでしまった。
「佳乃。そいつが、そう言ったんだな?」
「うん」
 これも、ヤツの影響じゃないだろうな。聖は改めて、愛しの佳乃が飼いたいと言ってき
たモノに目を向けた。
 ぴこっぴこっ。ぴっこぴっこ。心なしか、目の前のモノは焦っているような気がする。
「患者さんから文句が来るだろう」
 待て私。何故、正面からきっぱりと拒否しないんだ。
「そんなあ……」
 いかん、負けるな、負けるんじゃない。いやしかしでも、佳乃が目の前で悲しんでいる
のを放っておくのか、この私が?
「うう……じゃあ、なるべく家にはいれないようにするから」
「まあ、それならいいだろう」
「わーい。よかったね、キミ。うーん、こうなるとキミにも名前を付けないといけないね」
「わたし、姓名判断一号さん。お姉ちゃんが二号さんね」
 佳乃はああでもない、こうでもないと頭を捻っている。さて、私は今のうちに夕飯の支
度をするか。
「ねえお姉ちゃん、この子の名前は何がいいと思う?」
「ポテト」
「ポテト?」
 はっ、夕食の献立を考えていたものだからつい!
「あのー、佳乃? さっきのは――」
「よし、キミの名前はポテトに決定!」
「ぴ、ぴこ〜〜〜」

 ポテトの哀れな声が霧島医院に響き渡って暫く後。夕食も終えて、ポテトを外に出して
帰ってきた佳乃に聖は尋ねた。
「なんだって一体、あんなけったいな生き物を連れて帰ってきたんだ?」
「そう、そうだよお姉ちゃん!」
「な、なんだ?」
 妹の勢いに聖は怯む。佳乃が勢いづく理由はちっとも検討がつかなかった。
「うちにもマスコットキャラクターが必要だなあって思ってたら、空からポテトが降って
きたんだよ!」
「ほう……それは不思議なこともあるものだな」
 医院をなんとか盛り上げようとする佳乃の志は有り難く頂戴したいものだ。だが、どう
せなら、もっとましなプレゼントはなかったのだろうかと聖は神に毒づいた。
「凄いよね! 魔法みたいだよね!」
 はた、と聖は動きを止めた。妹の言葉に不穏当な言葉が混ざっていたような気がしたの
だ。
「ポテトが言いたいこともなんとなくわかるし。まだうまくは使えないけど、魔法が使え
るようになるのもきっとすぐだよ!」
「あ、ああ、そうだな……」
 はしゃぐ妹とは対照的に、聖の表情は暗く険しかった。

 魔法、か……。



- 覚めない夢 -

「凄いよ美凪! 魔法みたい!」
「魔法?」
「うんっ、美凪は魔法使いだ!」
「……えっへん」
 あの日、「みちる」と会ったあの日から繰り返される光景。あの日と変わらない、止ま
ったままの風景。
「美凪、美凪!」
 私が「美凪」でいられる、唯一の場所。

「どうしたの、みちる?」
「みちるもやるー」
 ごそごそ。じゃん。
「しゃぼん玉セットぉ〜」
 ドラ衛門ぽい喋りとともに取り出したセットをみちるに渡す美凪。
「見ててね、美凪」
 ふーーー、ばちゅん。
 ふーーー、ぱちゅん。
「もっと静かに、ゆっくりと」
「うん、分かった!」
 ふーーー、ぱちゅん。
 ふーーー、ぱちゅん。
 ふーーー…………。

 結局、みちるは一回もシャボン玉を飛ばせることはできませんでした。シャボン液で濡
れた顔で、私に助けを求めます。
「うう、美凪ぃ……」
「がんばったで賞」
 ごしごしとハンカチで顔を拭いてあげた私は、白い封筒を取り出してみちるに渡します。
「うわーい、お米券だ!」
「日本のお米はよいお米……」
 全農連のお米券は贈り物にも最適です。
「美凪、もう一度!」
 私は空を見上げます。もう、随分と黄昏れてきていました。
「みちる、残念だけど今日はもうお終いにしましょう」
「えーーー」
「ほら、空を見て」
「うにゅ……わかった」
 みちるは、空が暗くなると帰ってゆく。どこに――?
 そう、きっと、私の心の中に帰ってゆくのだろう。
「じゃあね、美凪。また明日!」
 そう。また明日も、この日々が続くのなら、たとえ微かな奇跡の上に存在している夢だ
としても――。
「ばいばい、みちる」
 私は笑って、明日も繰り返される今日を笑って迎えられる。

「おかえりなさい、みちる。今日はあなたの好きなハンバーグよ」
「はい」
 母は、私を「みちる」と呼ぶ。
 みちるの死に耐えられなかった、弱い人だ。父は1人でも生きていけたが、母には、ま
してや壊れてしまった彼女とあっては、生きていけないだろう。
 私は、母と共に「みちる」として生きることを選んだ。
 ……そのはずだ。
 私も人のことは言えない、か。「みちる」を望み、「みちる」を生み出した母。「美凪」
を望み、「みちる」を生み出した私。本当、よく似た母子だ。
 夢の中で生きる母子。

 私はまだ、夢を見ている。覚めない夢は続いてゆく――



- 我が子らよ、 -

 僧兵の放った弓矢が柳也の胸を貫いた。続いて、二の矢、三の矢、無数の矢が柳矢の体
に突き刺さる。
「柳也どの、死ぬな、死んではならぬ!」
 必死で呼びかけるも、既に事切れた男は何も語らない。
「あ、あ、あ……」
 じんわりと、血が滲み出す。柳矢から流れ出た血はゆっくりと、神奈の着物を汚してゆ
く。
「嘘じゃ、これは嘘じゃ……嘘じゃあ!」
 叫ぼうと、現実は変わらない。柳矢の血を吸って、神奈の着物は紅く染まった。
 その様を、甲冑姿の武士たちが口々に罵る。
「見よあの姿! 血塗られし神人の忌まわしさよ!」
「呪われし血! 汚れし自らの血を忘れ、他人のそれを求めるか!」
「滅ぼせ! 世界の為に――」
「世界の為に――」

「うう……う……」
「母上、母上!」
 裏葉はゆっくりと瞼を開いた。
「よかった。気付かれましたか」
「信也?」
「はい。母上は随分とうなされておいででしたが……」
 知命を越した信也であるが、母親に甘えがちな性格は今もそうだ。
「ちょっとした夢です」
 あの出来事から、百年が過ぎていた。お世辞にも、短いとは言えない日々であった。し
かし今、ようやく全てが始まろうとしていた。
「儀式の用意は?」
「既に万端整えております」
 信也は尚も何か言いたげな顔つきをしていた。裏葉は信也の言葉を促す。
「どうしても、母上が犠牲になられると仰るのですか」
「犠牲ではありません。何度も説明してきたことですよ」
「しかし、私にはそうとしか――」
「違います」
断。
「それとも、私に柳也様を忘れよと? 神奈様を忘れよと?」
「そんなことは決して!」
「ならば道は一つです」
 神奈備命が地上へ戻るこの月夜、これ以上儀式に相応しい夜はあるまいて。

 神人の一族に掛けられた呪い。愛する物を害し、自らも傷つく呪いが最初に手に掛けた
のは、神奈の想い人であった柳也であった。彼の死と共に、神奈の呪いの全てを裏葉が背
負うことになる。生来強力な法力を持つ彼女はそれでも、百年という長い月日を生き抜い
た。
 しかし、それも法力の強い彼女なればこそ。裏葉が産んだ子は孫を産み、孫は曾孫を産
んだ。裏葉の血を引いた彼らの多くはまた、裏葉の法力の強さを受け継いでいたが、中に
は法力の弱い子供らもいた。彼らは神人の呪いに耐えられない。そこで、裏葉が選んだ策
は――。

「懐かしいですね」
「で、ございましょう」
「は?」
「いえ、なんでも」
 儀式を行う祭壇の中央に据えられているのは、みすぼらしい人形だった。信也が幼い頃
、裏葉と遊んでいる時に使っていた人形だ。
「もう少し、見栄えのいいものはなかったのですか?」
「柳也様の髪を編み込んだこの人形こそ、相応しいと思いません?」
「えっ!」
 裏葉はからころと笑った。
「母上、そういった大事なことは最初に言って下さらないと……。父上、申し訳ありませ
ん!」
「いいのですよ。ぞんざいに扱うくらいで。男の子はそのくらい元気がないと」
「それとこれとは話が違いますよ……」
 結局、この母には一度も勝てなかったな。だが、かえって清々しい。信也はなんだかお
かしくなった。
「は、ははは。はははっ」
「ふふふ……」

 人形はヒトガタに通ずる。人の形を模して作られたそれは、ゆえに様々な術の媒体とな
り得た。
儀式ではこの性質を利用し、裏葉の法力を人形に注ぎ込む。裏葉の法力を持つ人形は存在
する限り、神人の呪いを跳ね返すだろう。

「では、母上。お達者で」
「ええ。信也。後は頼みましたよ」
 唱和が始まった。予め定められた規則に沿って、定められた様式によって、儀式という
名の術が発動する。
 儀式の完成までにはまだ時間があった。
「裏葉」としての最後の時間だ。
 彼女は笑みを浮かべた。信也の敵わなかった不敵な笑みだ。
 必ずや、神奈様を神の楔より解き放ってみせましょう。
 瞳を閉じた裏葉は、子供らに話しかける。



 我が子らよ、よくお聞きなさい――。

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