スチャラカもくれんタマスダれ
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 想いを寄せた人の突然の失踪。
 あの人との想い出の場所も今ではフィルムの中にしか存在しない。

 もともと私は明るい性格ではなかった。
 それは言い訳。
 自分の気持ちを告げることもできずに、惨めに図書室の壁によりそって。幸せそうに、
そう幸せそうに微笑むあの人を眺めることしかできなかった自分への言い訳。

 未だに吹っ切ることもできず、私は殻に閉じこもっている。
 そのくせに、殻を破ってくれる誰かを待ち望んで。

shut around" and "build a wall around"

session 1 "encounter"

4/12



 白倉素直の朝は早い。朝五時前に起床して、ゆっくり時間を使っても六時には出かける
用意が調っている。
「行ってきます」
 母に声をかけて家を出る。
 向かう場所はいつもの通り、彼女が通っていた学校へ繋がる橋だ。その学校は廃校にな
っても、その橋はまるで何も変わらないかのように存在していた。素直はそれが寂しくて
たまらなかった。
 日が長くなってきたな、と素直は思った。明日は起きる時間を早くしないと。お母さん
にはまた迷惑をかけてしまうけど。

 結局その朝、いい写真の取れそうな朝日を拝むことはできなかった。
 いい写真が撮れそうな朝日は十日に一度あるかないか。その上更にいい写真が撮れるこ
ととなると、あまり考えたいものでもない。
 それでも少し気落ちして通学路――現在彼女が通っている学校へのだ――を歩いている
と、
「おはようっ、白倉さん」
「おはよう」
「白倉さんと出会うなんて、やっぱり出会いの三叉路だね」
 といって声をかけてきた相手、大竹冴子は笑った。
 ここは過去の通学路と現在の通学路が交差する点にある三叉路だ。現地人には「出会い
の三叉路」と呼ばれている。思いも寄らなかった人と会えることからそう呼ばれている。
 素直はやや皮肉な解釈をしている。「過去と未来の出会いの三叉路」。過去から未来へ
と強引に進ませようとするようで、この場所は好きではなかった。
「そうだね」
 大竹さんには相応しい場所だ、と素直は思った。冴子も素直と同じく、現在は廃校とな
ってしまった学校に通っていた生徒の一人だ。ところが、もうそんなことを感じさせない
くらいにクラスに溶け込んでいる。新学期が始まってまだ一週間にも満たないのに。
 といっても冴子は例外だ。多くの転校組はまだまだ新しい学校に戸惑っている。それで
も素直は密かに確信していた。最期までクラスに、いや新しい学校にとけ込めないのは自
分だと。

 それからは会話らしい会話もなく、やがて二人は学校に到着した。
 てっきり素直は「もう新しいクラスには慣れた?」と口やかましい教師のような質問を
されると思っていたので、その類の質問がなかったことに安心した。
 大竹さんはいい人。心のノートにそう書き記す。
「あっ、そうだ」
「えっ?」
「私これからジュース買ってくるんだけど、白倉さんは何か欲しいものある?」
 断るのも悪いし、かといって喉が渇いているわけでもないしと素直は悩んだ。素直がな
かなか答えを出せないでいると、
「あはは。ごめーん。うん、喉が渇いてないんだったら無理しないでもいいよ。じゃ、教
室でね。ばよならさんっ」
「うん」
 冴子はばたばたとオーバーアクション気味に校舎へ突入した。あの勢いのまま廊下を走
ったら大変だな。
 素直は冴子と廊下を歩く人の安全を祈りながら校舎に入った。



 ドアを開けて教室に入る。すると、一番ドアに近い席にいる男子が声をかけてきた。
「おはよーー白倉ちゃん」
 眠たそうな声だった。なれなれしくちゃん付けしないで欲しいな、と素直は少しムッと
した。
 ムッとしたことと挨拶とは別。でも挨拶しようにも相手の名前が分からない。彼の名前
はなんて言ったかな。素直は始業式からこれまでの記憶を引っ張り出して、相手の名前を
検索する。

「うおっしゃーーー!」
「ちっくしょう、また荻谷かよ!」
 ドア側の最後尾。不良の特等席といえば窓側の最後尾だが、こちらは学食の特等席。学
食に近く、なおかつ先生の目から遠いため安心して眠ることができるという特徴がある。
特等席を引き当てた男子はさっそく新しい自分の机にまたがって遠吠えを上げている。あ
いうえお順で取りあえずそこに座っていた人が迷惑そうな顔をしていた。

「えっと……おはよう荻谷さん」
 やっとの事で名前を思い出しての素直の挨拶に、何を思ったか荻谷は素直の手をとった。
「えっ」
 突然のことに素直は体が硬直して動けない。
「おおっ、もう俺の名前を覚えてくれたのか! これは愛、愛の力に違いない。これはも
う付き合うしかないってことだよな」
「あの……」
 ようやくのことで声を絞り出して伝えた言葉も荻谷には聞こえた様子がない。でも……
と素直は逡巡する。正直にあなたの奇態が珍しかったから、と答えるのもどうかな。
「さあ、近いの口づけを」
 一人盛り上がる荻谷はむちゅ〜っと唇を素直の手に近づける。それで素直は硬直が解けた。
全力で手を引っ張るのだが荻谷の手は揺るぎもしない。目を閉じて唇をつきだす格好の荻
谷。姫に口づけする騎士の図にはほど遠かった。
「やめなさい」
 べしっ! と小気味の良い音を立てて素直の手の上から荻谷の顔が消滅した。
「おおよしよし。怖かったでしょう」
 と半ばおどけて素直を抱きかかえて、冴子はきっと荻谷に視線を向けた。
「荻谷君、嫌がる女の子に無理矢理迫るのはみっともないよ」
「ふっ、大竹ちゃんよ。女の嫉妬はもっと見苦しいぜ」
 ぴくっ、と冴子の頬の筋肉が痙攣する様を素直は見た。
「なーにーをー」
 冴子は笑顔のままでどこからともなく取り出したハリセンを隙無く構えた。
「言ってるのかな!」
 言葉と同時にハリセンが一閃する。
 ハリセンを頬に受けた荻谷は吹き飛んで壁に激突し、最期の呻きを上げた。
「ぐふっ」
 呟いた後全身の力を抜く荻谷の頭に容赦なく冴子はハリセンを行き来させた。
 最初はあっけにとられていた素直も、いつまでもハリセンの音が止む気配がないことに
慌てだす。
「も、もういいです」
「あらそう。ほーら荻谷君、白倉さんに謝りなさい」
「うう、私が悪うございました」
 涙を浮かべて荻谷は謝った。出来の悪い芝居の小悪人みたいだ、と思った。
 本当に反省しているのか非常に不安だったがあれだけ痛めつけられていたのだからと素
直は納得することにした。
「白倉ちゃんは優しいね。この男女とは偉い違いだ」
「だ、れ、が、男女ですって?」
「い、いやー。誰だろうな、うわ、いて、殴るな、グーは痛いぞ」
 とても反省しているようには見えないな、と素直は思い直した。



 転校組とクラス替え。新年度が始まって僅かのこの時期、クラスにはあちこちに違和感
が残っている。ずれているというか、残されたというか、ぽっかりと空いた空間がクラス
のあちこちに存在していた。
 素直もそのうちの一つ。沢山あるうちの一つだからあまり目立ってなかった。目立って
いるのは……
「おはようございまーす」
 HR前の荻谷とはまた違ったやる気のない声がドアを開いて入ってきた女生徒から発せ
られた。やる気がないというよりは生意気と表現した方が適切な声か。
 三時間目の途中に教室に入ってきた女生徒は川瀬一瑠。冷めた目に冷ややかな風を全身
から発している少女だ。
 三時間目の途中に登校したとはとても思えない堂々とした足取りで一瑠は自分の席へ座
る。それでようやく呆気にとられていた教師は我に返った。
「川瀬、遅刻だぞ。今まで一体何をしていた!」
「すみませーん、生理痛でお腹が痛くて動けませんでした」
 昨日も一昨日も生理痛だった。明らかな仮病だ。
 ここで教師の反応は二手に分かれる。
 ふざけるなと一喝するパターン。この場合、一瑠はすぐさま教室から出ていく。もう一
つはぶつぶつ言いながら無視するパターン。この場合、一瑠は大人しく机に座っている。
 この教師は後者だった。一瑠は他人を一顧だにせずカバンから教科書類を取り出している。
 やる気というものが全く見えない一瑠に対して、学校は腫れ物を扱うかのように対処して
いる。出席が足りないので退学・停学にすることは容易いはずなのにそうしない。
 というのも、一瑠はこの学校で有数の「出来る」生徒だからだ。そんな理由で彼女の処
遇を決めることが彼女の不信感を深めているのだが。
 一瑠はこの学校に入ってきた当初からこのような態度だったらしい。おかげで彼女に味
方する教授は一人もいなくなってしまった。それどころか、
「なぁに、あれ。仮病見え見えじゃない」
「ったくむかつくよね。学校来るのが嫌だったら来なきゃいいじゃない」
 クラスの女子の大半に敵視されている。
 逆に男子連中からは徹底的に教師に逆らうヒーローとして持ち上げられていた。そこま
でいかなくとも男子連は概ね好意的だ。それも女子にとっては気にくわないらしい。
 しかし容姿端麗、文武両道の彼女には敵わないと分かっているので、彼女らはこのよう
に聞こえよがしに愚痴を呟くのである。
 転校して間もない素直が一瑠のこれまでの行状を覚えてしまうくらいに、それは陰険な
やり口だった。
 一瑠は相手にする価値も無い言わんばかりに愚痴を馬耳東風に問題集を開いて問題を解
いている。この問題集は学校指定のものではない。
 中をこっそりと見た連中が決まって何も見なかったかのような顔で閉じる問題集。さぞ
かし難易度の高いものなのだろう。



 教師が黒板に文字を書く音と、黒板の文字を書き記す音と、ときおりいびきの音とが教
室を支配していた。
 今日の最終時限の授業は世界史だった。ただひたすら「入試の必須事項」を黒板に書き
写すことを授業だと勘違いしている教師と、書き写し覚えることが勉強だと思いこもうと
している人の群れ。
 居眠りしている荻谷と、荻谷の頬にマジックでぐるぐると線を引いている荻谷の横の席
の冴子を横目にみながら、素直は機械的に黒板の文字を写していた。この教師の授業を受
けるたびに字が汚くなっているのは気のせいだといいな、と思いながら教師が乱暴に下線
を引いた箇所を赤色で丸をつけた。
 一瑠の席には誰も座っていない。
 一瑠は昼休み以降教室に姿を見せなかった。学校に来るのも気まぐれならば、出ていく
のも気まぐれだ。
 キーンコーンカーンコーン。終了のチャイムが鳴ると教師の腕も動きを止めた。
「では今日の授業はこれまでとする」
「起立。礼。着席」
 委員長の号令が終わると途端に教室がざわめきにつつまれる。口々に今日の授業を振り
返って慰め合い、残りの自由な半日の開始を喜んでいた。
 そんな時間が一分足らず続いたころ、担任が教室に入ってきた。
「HRを始めるぞ」
 教師は連絡事項を列挙し始めた。
「なあ大竹ちゃん」
「なあに?」
 冴子はいつも通りに荻谷と話していた。自分が描いた頬の落書きなど忘れたように振る
舞っている。
「朝のHRは礼があるのに、今はないのは何故だと思う?」
「朝だからでしょ」
「なるほど」
 答えになってない冴子の返答に荻谷は生返事を返した。自分を見てくすくす笑っている
クラス中の視線に気付いていないことからしても、まだまだ頭は眠っている。
 そんな光景にくすりと笑った素直の笑顔を見た人間は誰もいなかった。

 HRも終わって素直はカバンの整理を始めた。
「白倉さん」
「なに?」
 声のした方向に目をむけると、素直と同じ転校生の山倉が立っていた。
 同じ学校に通っていたとはいっても、二人の間に面識はなかった。この学校に入って同
じクラスに入ったときが初対面だ。
「先生に屋上のドアの鍵を閉めるようにって頼まれたんだけど、わたし急いで部活に行か
なくちゃいけないのよ。わたしの代わりに行ってくれないかな」
 山倉もまだクラスに馴染んでいないので、同じく転校生の自分なら頼みやすいと思った
のだろうと素直は推測した。
「いいよ」
 断る理由もないので鍵を受け取る。山倉は二、三のことを注意して、大げさに礼を言い
ながら教室を出ていった。
 そういえば屋上に行くのは初めてだ。ちょっとだけわくわくした気持ちを抱えながら素
直も教室を出る。

「間違っても屋上を確かめずにドアを閉めないこと。もう暖かいから冬みたいなことはな
いと思うけど、一晩中学校に閉じこめられることになっちゃうからね」
 との注意に素直に従って、屋上を確かめることにする。ドアを開けると、
「きゃっ」
 冷たい風が流れ込んできた。
 冬の名残かと思えばそうではない。隙間風だから余計に寒く感じただけだった。全身を
空の空気に浸してみればむしろ心地よい涼しさだ。
「すー」
 春の気持ちよさを独り占めしようと素直は大きく息を吸い込んだ。そして、吐く。
「はー」
 春の空気を楽しむ素直。ところが素直よりもっと春を楽しんでいる少女がいた。
「……ん……うー……」
 少女は手すりにもたれかかって無防備な寝顔を見せていた。幼児のようにあけっぴろげ
な寝顔を見せている少女の正体に素直は驚いた。
 教室での険のある顔からは信じられないくらいにあどけない笑顔。
 でも確かに、その少女は川瀬一瑠と呼ばれる少女だった。
 困ったな、と夕暮れの迫る校舎の屋上で素直は途方に暮れた。
 自分の役目は屋上のドアを閉めることで、その為には一瑠を起こして屋上の外へ連れ出
さないといけない。でも、一瑠のこんな顔を見ては、そんな無下なことはできなかった。
 こうなったら、屋上からの眺めを満喫しよう。そう決めると、素直は一瑠を起こさない
ように静かに向きを変えて校舎から見える風景へと目を移した。



 ふと思い出す。あのときも、こうやって屋上から校庭を見つめていた。隣にはあの人が
いて、私はただそれだけで嬉しかった。
 あの人はとても真剣な面もちで写真を撮っていた。こういっては何だけど、卒業写真を
撮るにしてはあまりにも険のある表情だった。
 私がそのことについて質問すると、あの人はこう答えてくれた。
「僕がここにいた証を残したい」
 実のところ、私は幾度となくこっそりとあの人をファインダーに収めていた。でもそれ
をあの人に伝えたことはない。恥ずかしかったし、私が撮った写真を見て彼が喜ぶように
は思えなかったからだ。
 それが何故なのかはそのときには分からなかったけど、今ならあの人の望みがわかる。
 あの人はもっと大人数に自分の名前が残ることを望んでいた。
 もしくは、たった一人、愛した女性の心に残ることを。

 今はもうあの人はいない。あの人と過ごした校舎も……。
 見てはいけない。それは分かっていた。紅く染まった橋の向こう。月の光を浴びた姿が
とても幻想的に見えた学校はもう、ないのだから。
 人々に思い出されることを拒否するかのようにまっさらに整えられた大地。僅かに残っ
た木々がぽつりぽつりと散財している様は、名残というよりも破壊の無惨さを象徴してい
た。

 泣かない。泣いてなんかやるもんか。
 私はカバンのなか、カメラがあるあたりをぎゅっと握った。でもそれは悲しみを余計に
募らせるだけだった。いっそのこと、このカメラも何もかも捨ててしまえば楽になれるの
だろうか。
 カバンの中からカメラを取りだした。あの人が唯一私に残してくれた、年代物のカメラ
だ。記憶の中の姿よりも傷が増えて、褪せた色に変わっていた。それは私が使い込んだ証
だった。
 カメラを右手だけで持った途端に腕が震えた。捨てるんだ、捨てるんだといくら自分に
言い含めても震えは静まらない。

 震える右手首は誰かに押さえつけられて静まった。その人のもう片方の手は私を包み込
むようにして肩から胸へと回されていた。
「やめなさい」
 私を抱きしめる手の温かさとは裏腹に、その人の声は冷たかった。
「川瀬さんには関係ない」
 私の言葉に刺激されて手首が更に強く握られる。思わず私は手を離してしまった。地面
とカメラがぶつかる音を想像して咄嗟に目をつぶる。
「ほら、見なさい」
 勝ち誇るように川瀬さんは言った。開いた目に落としたはずのカメラが映った。どのよ
うにしてか、私の手からカメラを奪い取ったらしい。
「目つぶってじっと耐えてる。そこまで大事なものを捨てようとするなんて」
 この、馬鹿。と言った言葉が私を責めているように聞こえなかったのは私の耳の錯覚だ
ったのだろうか。
「か、返して」
「返して、ね。今さっき捨てようとした人間にはい、と簡単に渡す馬鹿がどこにいるの」
 そうね、と一瞬迷った川瀬さんは、
「私の目の黒いうちはそのカメラを捨てないと約束するなら返してあげる」
「約束するから」
 じっと私の目を見つめると、川瀬さんはあっさりとカメラを私の右手に握らせた。川瀬
さんはその間も私を抱きかかえている。
 右手に震えは来なかった。もう捨てようとする気は起こらなかった。このカメラがどん
なに私にとって大事なものか改めて――
「捨てるのは簡単でしょ」
 何でもない、といった風情で川瀬さんは問いかけてきた。私の答えを待たずに言葉を繋
げる。
「守っていくのは難しい。守っているつもりで失っていることもあるから」
 その横顔は遠い過去、戻らない過去を儚んでいるように私には見えた。
「川瀬さん、ありがとう」
 私は川瀬さんの今の言葉を心に刻み込んだ。
「はぁ? 何言ってるのよ」
 川瀬さんは本当に何も言ってないわよ、といった表情を浮かべていた。川瀬さんには失
礼かもしれないけど、面白い人だな、と思った。
 私から体を離して、手すりに乗ってぶらぶらと揺れながら川瀬さんは私に問いかけてき
た。
「それよりあんた、なんでこんなところにいるの。いつも教室の隅っこでうじうじしてる
くせに」
 失礼な台詞だった。それともこれも照れ隠しなのかな。
「屋上のドアを閉めるように頼まれたの」
「それっていつの話?」
「さあ。もう一時間くらい前の話かな」
 時計を持ってないから詳しくは分からないけど、日の傾き加減からすればそうだろう。
「あんた、やっぱり馬鹿でしょ。私を起こしてさっさと帰ればよかったのに」
「うん。でも可愛い寝顔だったから」
 私が素直に感想を述べると、川瀬さんは何ともいえない顔をした。
「まさか、写真に撮ってたりしないでしょうね」
「あ」
 私が落胆の響きを上げると川瀬さんが安堵の溜息をついた。僅かな仕草だったけど私は
見逃さなかった。

 川瀬さんに続いて私も屋上への扉を抜けて、忘れずにドアを閉めた。
 このとき、私はあることを決心していた。今までも何度か考えた。けれども決心が付か
なかったこと。
 私が通っていた学校で卒業アルバム製作の為に撮っていた写真。その写真展を開こうと。



 想い出を守って、先へ進むための唯一の道を。

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次回予告

 川瀬一瑠。その名を持つ少女に素直は興味を抱いた。
 全てを拒否して殻に閉じこもっている少女。
 素直とどこか似通ったところを持つ少女。

「バレーボール好きなの?」
「そう」
 でも、その笑顔は、とてつもない悲しみに耐えているようだった。

 次回 session 2 "similarity"