スチャラカもくれんタマスダれ
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はっぴーばーすでぃ名雪 12/23

「ぐー、ぐー、くふふふ……、ぐー」
 俺は思いきり惰眠を貪っていた。いいじゃないか。
昨日も受験勉強で忙しかったんだからな。
 だが、本来なら今の時間は既に起きて勉強を始めているべきかもしれない。
何しろ、つい二ヶ月前まで勉強なんてほとんどしちゃいなかった俺だ。
そう、こう真面目に学生の本分の本分に打ち込んでいるのには理由があった。



「相沢君、テストの結果どうだった?」
 休み時間、いつものメンバーが集まった。話題は先程の時間で返された
模擬テストの成績についてだ。
「いやあ、こりゃやばいな。はっはっは」
 などと大笑いしているのは北川。相変わらずの奴である。俺も同じようなもんだが。
「香里はまた学年トップなんだろーな。羨ましいぞ。その脳味噌を少し分けてくれ」
 俺の言葉に、香里はあからさまな溜息を洩らした。いや、俺たちに見せつけた。
「あんたたち、受験まであと何ヶ月だと思ってるの?
今更始めても遅いけど、やらないよりはましよ。頑張りなさい、二人とも」
 そう言って肩をぽんぽん、と叩くのは許そう。
だが、その手を挙げて首を左右に振るジェスチャーは止めてくれ。
「俺たちはともかく」
「ともかくじゃないわよ」
「ともかく。そういや名雪はどうだったんだ?」
 名雪の顔色も俺たちと同じであまり良いとはいえない。
香里よりは聞きやすいってもんだ。
「うー、あまり良い点数じゃないよ……」
「ほれほれ、見せてみろ」
 俺は名雪に構わず彼女の結果用紙を北川と共に覗き込んだ。
 第一志望、A校、ランクB-。
う……俺の志望校も同じ学校なのだが、俺はランクDだった。
「北川……お前はどうなんだ!?」
「お前と同じだろ」
 女性陣に見えないように、二人の間だけで用紙を交換した。
成る程、確かに似たようなもんだな。
「あんたたちねー、もうちょっと頑張りなさいよ」
「げっ」
いつの間にか香里が覗き込んでいた。
「こらあっ! 見るなお前は」
「名雪、相沢君の点数はね」
「しかもそこで人に教えるなっ!」
『あーいーざーわー君の点数はー』
「だあぁっ、大声で人の点数をばらそうとするなああぁ」
 済みません、私が悪かったです香里様。お許し下さい。
などとは思っていても口に出して言ったらそれ以降どんな目に遭うことか。
だけど、言葉は違っていても平謝りしないと許してくれないんだよな、
こういう時の香里は……。

 一日中憂鬱だった授業も終わり、家への帰途につく。
校門で互いにさよならを言う風景もあと数ヶ月限りか……。
珍しく俺はしんみりとした気分になっていた。
「祐一、一緒に帰ろうよ」
 声のかけられた方向に向いてみると、名雪が立っていた。
「あれ、今日は部活なんじゃなかったか?」
「うー……まあ歩きながら話すよ」
「その話は長いのか? 長いんだったらどっかで食べながら話すか」
「わたし、イチゴサンデー」
「……またか。偶には他の物も食べたらどうだ?」
「うー……でも、好きだから……」

 入り口のドアを開けるとチャリンと音がした。
「いらっしゃいませー。あ、そちらのお客様はイチゴサンデーですね」
 店に入るなり、既に顔見知りと言ってもいい位に親しくなった従業員さんが
名雪を見て言った言葉がこれだ。
「えーと、じゃあ俺はコーヒーを」
「はい〜、そちらの席でお待ち下さい」
「え? え? まだ注文してないのにどうして判ったんだろう……」
 俺は不思議そうにしている名雪を引っ張って席に座った。
この店は女性客が主だが、俺みたいな男性客も結構気軽に入れるのが良いところだ。
「さて……と、何の話だったっけ?」
「うん、実はね……」



 もうすっかり馴染んだ陸上部の部室。
いつものようにわたしが中にはいると、そこには顧問の先生がわたしを待っていた。
ほかの部員達はもう練習していたのに……。
「あの、何かあったんですか?」
「おお、水瀬か。実はな、お前に大切な話があってな」
 大切な話? わたしには心当たりが無かった。
「もうすぐお前も受験シーズンだろ。まあ、人によっては3年になったら、
とかいう教師もいるがな。それで、お前もそろそろ引退する季節だから、
出来れば次の部長を推薦して欲しいのだが」
「え? あと……」
 そんな……ずっと走っていられると思っていたのに。
いきなり引退だなんて言われても困るよ。
「まあ、いきなりな話で混乱するのも判る。けれど、
大学に行っても陸上部はあるだろうし、もうここに来るなって意味じゃあない。
 ただ、この短い期間だけでも勉学に集中して貰いたいんだ。
それに、他の先生方が五月蠅くてなあ……」
「わたしは……」
「儂がこういった事を話すのも変だろ? でも、社会に出て役に立たないからと言って
ちっとも勉強しないと就職の時に困るからな。儂みたいに」
 顧問の先生はそう言って大笑いしていた。



「……と、言うわけなの」
 成る程。どうりで沈んでいたはずだよな。
「で、名雪はどうしたいんだ?」
「私は……走るの好きだよ。でも、やっぱり勉強した方がいいのかな」
「走るの、好きなんだろ?」
 こくり、と頷く名雪。それでもやはり不安げな表情で。
「俺もその教師が言うことが正しいと思う。なあに、たったの数ヶ月だろ」
「けど、ちゃんと毎日走っていないとおかしくなっちゃうよ……」
 俺は良く解らないが、そういったものなのだろう。継続は力なり、か。
「げ。名雪、そんなにレベルの高い所を目指していたのか?」
「そんなことないよ〜」
 名雪はちょっと嫌な顔をして呟いた。
「じゃあ、毎日走るついでに勉強すればいいだろ。
お前の場合、今までも予習復習をちゃんとしていたんだし、
その調子でやれば大丈夫だろ」
「うんっ、判ったよ。ありがとう祐一」
 いつものように、こちらを元気づけてくれる笑顔を見せる名雪。
「でも、次の部長さんは誰がいいかなあ……」
「勝手にしてくれ、俺は知らん……」

 部活の話はそれで終わり、待ちに待ったお食事タイムである。
「はぐはぐ……はぐ……おいしい」
 幸せを満面の笑みという形で素直に表現する名雪を見ていると、
自然とこちらの顔も綻んできてしまう。
「ごく、ごく、ごく……。ぷはぁ〜っ」
「祐一、おじさんみたいだよ」
 確かに。コーヒーを飲むときの行動では無いな。
「そう言えば、祐一も同じ志望校だったよね」
「ああ、そうだぞ」
 名雪と同じ学校に行きたかったから、というのは内緒だ。
もっとも、名雪や香里にはばれてるだろうがな。
「今日帰ってきた模擬の結果はどうだった?」
「ぐ」
 無邪気に問いかけてきた名雪の質問に、俺は喉を詰まらせた。
「いや〜、あのな……え〜と」
「どうしたの、祐一? 顔色が悪いよ」
 俺は観念して結果の紙を名雪に見せた。
見た途端に名雪の顔色もさあっ、と蒼白に染まる。
「え〜と、あはは……」
「あはははははは……」
 それから数分の間、その店には乾いた笑い声が響いていたという……。



 そういった理由で俺は勉強をしないといけないのだ。しかし、眠い……。
もう昼なんだけどな。やっぱり徹夜は止しといた方が良かったか?
 微睡んでいる俺の耳に、ドアをとん、とんと遠慮して叩く音が聞こえてきた。
「はいー。起きてるよぉー」
 部屋の扉を開けて入ってきたのは秋子さんだった。
ん、珍しい事もあるもんだな……。
「今まで寝ていたんですか?」
「えー、はい」
「大変ですね……。大丈夫ですか? あんまり根を詰めすぎないで下さいね」
 はは……今丁度思った所ですよ、秋子さん。
「それにしても、どうしたんですか? 今日は忙しくて昼飯を作れないから
自分で作ってくれ、とかですか?」
「いいえ。祐一さん、今日が何の日か覚えてますか?」
「へ? 今日は休みの日ですよね?」
「いえ、そうじゃなくて……やっぱり覚えていなかったのね。今日は名雪の誕生日よ」
 …………
「しまったあっ!!! すっかり忘れてたぁ……」
 終いには頭を抱えて項垂れる俺。
「そうだ秋子さん、名雪の欲しいものとか知っていませんか?」
 懇願する俺の視線を真っ正面に受け止めた秋子さんは、
「頑張って下さいね」
 微笑んでそうとだけ言って俺の部屋から出ていった。
どうやら、俺が忘れていた事に対してちょっと怒っているらしかった。
 うーん、取り敢えずは商店街にでも行って適当な物を見繕ってくるかぁ……。

 私服に着替えて階段を降りる。そして食卓に直行する。腹が減っては何とやら、だ。
「はいはい、もう出来ていますよ」
 俺の目の前に出された皿の上には、具沢山の焼きそば。
市販の麺ではなく、秋子さんの知り合いの麺業者に特別に打って貰った一品だ。
「うーん、やっぱり美味いなあ。秋子さん、お代わりお願いします」
 俺の言葉に秋子さんは頬に手を当てて答えた。
「済みません、お代わりはないんです。ほら、もう準備に入ってますから」
 準備って何だ? と台所を覗いてみれば、小麦粉に砂糖に卵にイチゴに
泡立て器にボールに……そうか、誕生日祝いのケーキだな。
「ところで、主賓の名雪はどうしているんですか?」
 いつもなら秋子さんを手伝っているはずの名雪の姿は
台所の何処にも見あたらなかった。
「名雪なら部活に行っていますよ。わたしの次の部長さんを決めるんだよ、って」
 にこやかに秋子さん。
「成る程……じゃあ、ばれない内にプレゼントを買ってきますね」
 俺は一刻でも早くプレゼントを買いに出掛けようとすると、
「祐一さん、贈り物は心が大事ですよ」
「分かっていますよ」
「あらあら。余計なお世話だったかしら……」
 俺は秋子さんに名雪の誕生日を忘れていたことを本人に言わないように、
と一応釘を刺しておいてから玄関の扉を開き出た。

 ……寒い。二年目ともなれば少しは慣れるかとも思ったが、寒い。
そういえば名雪も寒いものは寒いって言っていたっけな。
ん? 今さっき不審な気配を感じたような……?
いや、そんなことに気を取られている場合じゃなかったっけな。



 幾つか行きつけの店を回り、なかなかいい物が見つからなかった俺は
恥を忍んで女の子向けのファンシーショップへと足を向けた。
だが、こういざ目の当たりにすると、なかなか入る踏ん切りがつかない。
ファンシーショップの店先で佇む男。さぞかし奇矯な光景だろうな。
 その時、ぽんっ、と誰かが俺の肩を叩いた。
「誰だ!? ってなんだ、香里か」
 吃驚して振り向いた先にいたのは私服姿の香里だった。
そういや、香里の私服姿を見るのは初めてだったな……。
「よう、香里か。なかなか私服も似合ってるぞ」
「あらまあ、名雪の誕生日に他の娘をナンパ?」
「……人聞きが悪いぞ。それに、」
 険悪に声がつり上がる俺の言葉を遮って、
「分かってるわよ。名雪の誕生日プレゼントを買おうとしているんだけど、
なかなか良いものが見つからないのよね」
 図星だが、そんなに俺って判りやすい人間なんだろうか。
「私が一緒に入ってあげましょうか? それなら少しは恥ずかしくないでしょう」
 ニヤニヤと意地の悪い笑みを見せてからかうように香里は問いかけてくる。
「お、こ、と、わりだ!」
「あらそう。可哀想に、名雪。
大好きな彼から誕生日プレゼントが貰えないなんて……」
「いい加減にしないと幾ら温厚な俺でも怒るぞ」
 どうやら俺の本気が伝わってくれたらしく、香里は誤魔化すような笑みを浮かべた。
「判ったわよ、もうからかわないわ。それで、入るの入らないの?」
 出来れば入りたくないが、これまでに良い物は見つからなかったからなあ……。
「……頼んだぞ、香里」
 俺は結局香里に屈服した。

「……何度入ってみても居たたまれないな、この雰囲気は」
 俺は心の底からそう思った。こんなところは人間のいる場所じゃない。
「まあ、この雰囲気に慣れた男も怖いけどね。それで、良い物はあった?
折角恥を忍んでここまで来ているんだから」
 くそう、香里の奴絶対にこの状況を愉しんでやがる。
確かに恥ずかしがってばかりもいられないので、目を皿にして辺りを見回すのだが、
「うーん、よく判らん。例えばこの細長い物とか、この何だか判らん生き物とかの
ぬいぐるみの何処がいいんだ?」
「そうね。私もそれの良さは判らないわ。」
 そうか、俺の感覚は正しいようだな。
「なあ香里、お薦めとかは無いのか?」
「もうお手上げ?」
「頼むからこれ以上苛めないでくれ……」
 俺の懇願を聞いて、香里は幾分か真面目な顔をしてビー玉を一つ取り上げた。
それは丸く、赤くて、ってあれは。
「ああ、それなら去年名雪にやったぞ」
「去年ってあんたまだいなかったじゃない」
「少し遅れたプレゼントだ」
 そういえば、まだ一年と経っていないんだな。再びこの雪の降る街に来て。
あんなに嫌がっていたはずなのに、もう俺はここに溶け込んでいる。
それというのも、名雪のお陰だろうな。色々と、助けて貰ったよ。本当に。



 恥を忍んで入場しただけの甲斐もあり、納得できる品物を見つけられた。
色々と見繕ってくれた香里はこう文句を言ってきていたのだが。
「あのねえ、ちょっと難しく考えすぎてない?」
「いや、俺は誠心誠意考えているだけだ」
 俺の言葉に香里は呆れたような、羨ましいような表情をしていた。
「あ、そう。でも、名雪はきっと相沢くんのプレゼントなら何だって喜ぶと思うわ」
「そうだな……」
 俺は、去年のプレゼントの事を思い、何だかたまらなくなって吹き出した。

 辺りを見回しながらファンシーショップを出る。こんなところを知り合いに、
特に北川なんかに見つかっては事だ。奴に知られては、一日で教室中、
一週間で学校中に『俺がファンシーショップに通い詰めている』
といった不本意な噂が広まってしまうだろう。
 だが、俺の祈りは届かなかったのか、見覚えのある姿がすぐ目の前に立っていた。
すり切れたぼろ布を纏い、薄汚れたジャンパーにジーンズを履いた見覚えのある人影。
「ようやく見つけた……」
「まさか……お前真琴か!?」
「やっと見つけたんだからぁっ!」
 人影―真琴はそう叫ぶと俺の胸に捕まって泣きじゃくった。
「最低ね……まさか向こうに捨てた彼女がいたなんて」
「ちょっと待て、それは誤解だあっ!」

 帰り道の道中で何とか香里を納得させ、俺たちは帰途に就いた。
「あれ、そういや何で香里までウチに来ているんだ?」
「あたしが誕生日会に呼ばれたからに決まってるでしょ」
 ……何で気付かなかったんだろうな、俺。
「でも、いいのか? 香里の受ける大学って……」
 香里が今まで見た事の無いような冷たい眼差しを見せていた。
「相沢君、あたしが友達の誕生日より自分の都合を優先する様な人だと言うの?」
「……済まない、そんなつもりじゃなかったんだ」
 でも、こう険のある回答を返す所、香里も苛々しているんだな。
「ま、許してあげるわ。……そうね、自分の過ちを認められるのは、
相沢君の数少ない美点の一つよ」
 数少ない、ね……。その内、俺たちは我が水瀬家に到着した。

「ただいまー。お客さんですよー」
「御邪魔します」
 仮にもお客である香里に先を譲って俺は玄関で秋子さんを待っていた。
すると、とたとたとた……といった足音が聞こえて来て―とたとた?
「お帰りなさい、祐一君っ! と……誰なの?」
 今俺の目の前にいるのは、普段より張り切っているあゆの姿だった。
あゆに続いて秋子さんも姿を見せる。
「あら、いらっしゃい美坂さん。それに……あら、真琴? 久しぶりね……」
 香里は秋子さんに挨拶を済ますと居間へ向かってしまった。
真琴と俺たちの関係についてはもう話してあるから、まあそんなものだろう。
「ええ、偶々商店街で出会ったんです。それより……何であゆが?
あぁ、言わなくていいです。多分ケーキの材料を買い足しに行く途中で出会ったので
誕生日会に誘ったんでしょう?」
 秋子さんは俺の予想を裏切らず、ええ、そうよと言わんばかしに微笑んでいた。
「それにしても、あゆちゃんもそうだけど、真琴と会うのも久しぶりね。
せめて連絡くらいしてくれると良かったんですけれどもね」
「あぅーっ、御免なさい……」
「うぐぅ……御免なさぁい……」
 この二人、どこか似ているなあ。特に精神年齢が。
そんな俺の思いに気付いたのか、二人は幾らか鋭い視線を投げかけてきていた。
 さあて、それじゃパーティを始めますか!



 つまり今日の名雪の誕生日会に出席するメンバーは名雪、俺、秋子さん、
香里、あゆ、真琴の都合6人と言うわけだな。
流石に6人もいるといつもは大きく感じる居間も狭い様な心地だろうな。
 そう思って俺が居間に入ると、そこには巨大なケーキが鎮座していた。
ひーふー、おいおい、五段組のケーキなんて誰が食べるんだ?
「あ、祐一お帰りなさい」
 ケーキの向こう側から名雪からの声が飛んでくる。
「ん、ただいま」
 名雪はケーキのイチゴから目を移して挨拶していたが、
俺よりもイチゴの方が気になっているようだった。
「それにしても……なあ?」
「大丈夫ですよ。六人も来てくれましたからね」
 いや、それでも多分、大丈夫じゃないと思うぞ……。
「それに、上の4段は飾りですから」
 成る程、それなら三人だけでも何とか消費出来たろうな。
「なら、あのイチゴや生クリームとかホイップも?」
 どう見ても本物にしか見えないのだが……。
あ、あそこであゆがつまみ食いしてる。成る程、スポンジの部分がダミーなのだな。

「じゃあ、まずはロウソク消しと行くわね」
 いつの間にか香里が仕切っていたが、まあそれが一番だろう。
自分で仕切って間が持たなくなったら嫌だしな。
そして、部屋の灯りが消えた。
「はっぴばーすでぃつーゆー、はっぴばーすでぃつーゆー、
Happy birthday dear Nayuki、はっぴばーすでぃつーゆー」
 そして名雪は周囲の見守る中大きく息を吸って―――



 今日のパーティは大盛況の内に終わった。
秋子さんの作ったケーキは、スポンジは程良い弾力があり、
生クリームやホイップも甘すぎず、市販のケーキが霞んでしまう程のものだった。
いつもながら、いや普段には無いほどの。きっと秋子さんが腕によりをかけて
作ったものなのだろう。そのケーキもすでに食べ尽くされてしまった。
秋子さんも作った甲斐があったというものだろう。
 香里は愛想が足りない様に見えてその実しっかりと楽しんでいた。
これで溜まっていたストレスも解消されただろう。
 あゆと真琴はケーキを食べるだけ食べて、後はぐっすりと眠っていた。
二人は今、一年前に真琴が使っていた部屋に寝かしつけてある。
 秋子さんは忙しさを微塵も見せずに頑張っていた。
予定より人数が多かった為に料理も追加して、大変だっただろうに。
 そして、名雪は。ロウソクを吹き消した後、『そんなに注目されると恥ずかしいよ』
と言ってしまった為にみんなに(俺もだが)思いっきり笑われた。

 とんとん、俺は名雪がまだ寝てしまわない内にと、名雪の部屋のドアをノックした。
暫くして、寝ぼけた声が返ってくる。
「うにゅ〜、入ってるよ〜〜〜」
「俺だ名雪起きろ!」
 何度もドアを叩いて、ようやく名雪を起こすことに成功した。
「あれ? 祐一、どうしたの?」
「……いつもながら、つ、疲れる……」
 久しぶりに入った名雪の部屋。あまり変わってなかったが、
目覚まし時計の数は信じられないが、また更に増えていた。
「目覚まし増やしても、どうせ起きやしないだろうが……」
「うー、わたしちゃんと起きれるよ……」
 不満そうに口を尖らして非難してくる名雪。その言葉を信じろというのか?
「まあそれはともかく、誕生日おめでとう、名雪」
「……それはもう聞いたよ?」
 疑問を瞳に写して俺を見上げる。
「だから、プレゼントだ」
「わぁ、祐一また忘れてたのかと思ったよ」
 むう、名雪にしてはなかなか鋭い。
「ね、開けてもいいかな?」
「どうぞどうぞ。是非とも開封して、じっくりと鑑賞してくれ」
 名雪は小綺麗にラッピングされた紙を、意外と器用に外してゆく。
そして、包まれていた白い箱がその姿を俺たちに現した。
「うー、何かな? 楽しみだよ……あ、これは」
「ん、オルゴールだ。まあ音を聞いてみてくれ」
 チャ、ラ、ラ……耳に挟んだ、その程度なら物悲しげな、
でも耳を澄まして聴いたのならば未来への希望とか、自分を包み込んでくれる曲が
変哲もないピアノ型のオルゴールから流れてゆく。
流れ行く先は、俺の心か名雪の心か。それとも、まだ見ぬ誰かの下へ、だろうか。
「いい音だね……」
「だろ? 香里の保証書付きだからな。きっと気に入ってくれると思った」
 夜空に、澄んだメロディが奏でられて、
「ありがとう、祐一。大切にするよ。わたしの宝物にするよ……」
「気に入ってくれて嬉しいぞ」
「うん。でも、これ高かったんじゃないの?」
「気にするな。そんな高いもんじゃないからな」
 実は、バイトで稼いだ金が残っていなかったらやばいことになっていただろうが、
それは話すべき事じゃあ、ない。
「さて、と。用事も済んだことだし、じゃあまた明日な」
「ねえ、祐一……」
 ドアノブを掴んだところで、後ろから呼び止められた。
「キス、してくれないかな……」
 俺はドキッとして振り返る。名雪は顔を俺に見えないように俯いて隠していたが、
俺と同じように真っ赤になっているのが良く解った。
「え〜と、わたし、何言っているのかな。お、お休み祐一」
 俺も一緒に取り乱したいくらいに恥ずかしかったけれど、
名雪の顔に自分の顔を近づけて、名雪の潤んだ瞳が、唇が間近になって、
「んぅ……」

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