スチャラカもくれんタマスダれ
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恥ずかしいってこんなこと?

「いっただっきまーす!」
 漁師と農家と運送業者の皆様に一礼して感謝の意を表して、おれはそそくさと箸を
手に取った。今日の献立はご飯、焼き魚、ゴボウとふきの煮染め、ポテトサラダだ。
 名雪は部活の大会も近づいて忙しいようで、まだ帰ってきていない。その代わりと
いうわけでもないが、名雪の席にはけろぴーが鎮座していた。
「うぐぅ…意地悪だよ、祐一君」
 思わずいじめてしまいたくなる、泣き顔を俺に向けてあゆは言った。
「どうして…どうして、鮎の塩焼きなのっ」
「それはなあゆ、季節だからだ。しかも秋子さんの知り合いからの贈り物の、
吉野川天然鮎。自分ちだけで味わうのも、というわけでせっかくお前を
呼んでやったというのに、その言いぐさは何だ」
 俺は重々しい口調であゆを説得しようとする。だが、あゆは頑として聞き入れない。
「まあ、これはいいとして。この人たちは誰?」
「俺もよくは知らないのだが…」
 あゆが言っているのは、当然のようにご飯を口の中にかき込んでいる男と、
少し居心地悪そうにしている、金髪の巻いた髪が美しい女性の二人組。
男の方には、どこか俺と通じるところを感じている。
「私が説明しましょう」
 でたな、説明おばさん! 俺は心の中だけで拳をぎゅっと握りしめた。
「説明…その次は?」
 秋子さんが、いつものように笑顔で俺の目の前にずずいっと身を乗り出して
訊ねてきた。口に出したはずないんだが、聞こえてしまったらしい。
「説明お姉さん、です」
 この家一番の権力者に逆らえるはずもなく、俺はおべっかを使う。
「それよりも、この人たちは?」
「それはですね」



 時計が午後二時をぴったし指した時、秋子は祐一を階下から呼んだ。
「祐一さん、今日のお菓子はどうします?」
「いえ、別に何でもいいですよ」
 秋子にとっては、はっきりと何を作って欲しいのか言って欲しいのだが、
そもそも毎日訊ねているのに、それでも答えを望むのは我が儘だと思い直した。
 そこで秋子は、台所で何を作るか思案する。最近は和菓子が続いていたから
今日は洋菓子がいいだろう。冷蔵庫の中身を思い浮かべ、秋子は足りない材料を
買い足しに商店街へ出かけることにした。
「祐一さん、留守番を頼みますね」
「はい、任せてください」



 午後三時きっかりに祐一を呼びだして、秋子は出来上がったそれをテーブルに
積み上げた。
「さてと、今日のお菓子は何かな。へ〜、これは…ワッフルですか?」
「ええ。冷めないうちに頂いて下さいね」
 祐一は今まで、つまりこの家に来るまでに食べたことのあるワッフルを頭の中
で列挙した。
 あわ○ま堂のワッフル。これは論外だ。生地がごわごわしている上、中のクリームは
安物を使っていて、こんなものを食べてはとてもだが夕食がお腹に入らない。
 次ぎに、カル○ーのワッフル。レンジで焼いて食べるタイプだ。これは上のものに
比べれば数倍ましだが、そう美味しいというものでもない。おまけに付いてくる
シロップの方が美味しいのではないか、と疑ったこともある。
 最後に、廣○堂のワッフル。これは及第点を与えていい。クリームもオーソドックス
なカスタードから抹茶味、果てにはさつまいも味までバリエーションに富んでいて、
それらを食べ比べるのもいい。

 さて、秋子さんのワッフルはどうだろう。祐一は手近にある一枚を掴み取って
口の中に入れる。するとどうだろう。温かさを残す生地とクリームが見事な調和を
見せてのどの奥へするり、と抜けていくではないか。
「お、おいしいです。さすがは秋子さん!」
 こと料理にかけては完璧なまでの腕前を持つ秋子と知っていても、このワッフルの
出来は祐一の予想を遙かに超えていた。祐一が二枚目を口に入れたその時だ。

「すみません、ちょっといいですか」
 玄関から流れてきた涼やかな声が祐一の耳朶を打った。思わず聞き惚れる祐一の耳に
どたどたと廊下を歩く音が聞こえる。足音は祐一たちがいる居間へと辿り着く。
 ようやく祐一は涼やかな声の持ち主の容姿を目にした。声に見合った、いやそれ以上
の美貌。だが、どういうわけか焦った顔をしたその女性は皿から一枚ワッフルを取って
一口分ちぎって口の中に放り込んだ。その瞬間、女性の顔色が変わる。
「こ…この味は」
 何だか料理漫画みたいな展開だなと、祐一は思った。
「出来れば、作り方を教えて頂けませんか」
 秋子は女性の問いに笑顔で答え、キッチンへ手招きした。大人しく付いていく女性を
見送って、祐一は次のワッフルに手を触れた。
 ぴしっ。脳裏に走る嫌な予感に従い、祐一はワッフルを皿に戻そうとした。
「祐一さん、釣りではないのにキャッチ&リリースは駄目ですよ」
 背中に、厳しい秋子さんの言葉が投げつけられる。祐一は覚悟を決めて、その
ワッフルを飲み込んだ。祐一の内部に入り込んだワッフルが、自分の内臓を握りしめて
自分を殺そうとしている、祐一はそんな考えにすら取り憑かれた。
そう、そのワッフルはあのジャムの味にそっくりだった。



「…というわけなんですよ」
「この女の人は判ったけど、この人は?」
 あゆは無遠慮にフォークでその男を示した。秋子さんはやんわりとたしなめながら、
「俺は、茜の恋人だからな」
 秋子さんが紹介するより先に、男が自己紹介を始めた。
「名前は折原浩平。よろしくな」
「…わたしは、浩平の保護者の里村茜です」
「保護者はないだろう、茜」
「…危なっかしくて見ていられませんから」
 それからも浩平は最近、俺の扱いが冷たくなってきてないか、とか呟いていた。

「それから、折角だから夕食はいかがですかって」
「へえ…」
 しかし、あゆは事態を良く飲み込めていないようだった。祐一は呆れる。
「お前な、自分が秋子さんに連れてこられた時は当然の様な顔してここに座っていた
のに、人ごととなると理解出来ないのか?」
「うぐぅ、ちゃんと判っているもんっ」
「じゃあ説明してみな」
 祐一さん、と秋子があゆと祐一の口喧嘩(というより祐一の一方的ないじめだった)
を止める。それで、食事は再開された。



「俺はあゆの脇腹を引き裂いた。そして、おもむろに腹の皮を咀嚼してみせる。
内臓は既に掴みだしている。あとは、その軟らかな肉にかぶりつくだけだ。
 だが、おれは恐怖を誘うようにあゆの皮を剥いでゆく。一枚一枚、薄皮を
剥くようにだ。腹も背中も、肉がむき出しになるまで俺はやめない。
 …どうした、あゆ?」
 祐一は体をかがめてテーブルの下を覗き込んだ。そこには、あテーブルクロスを
かぶって耳を塞ぐあゆの姿があった。
「うぐぅ、あんなこと言われたら怖くて食べられないよう」
「全く、だらしのない奴だな」
「だらしなくていいから、やめてよう」
 分かった分かったと祐一は安請け合いすると、「本当?」と三回聞き返してから
あゆはようやく椅子の上に座った。
「…食欲が出ないんだよっ!」
 あゆは箸を持ったまま両手を上下させた。そんなあゆたちを無視して、
「…浩平、口の回り汚れてますよ」
「ああ、すまね」
 茜は浩平の口の回りのドレッシング見つけると、取り出したハンカチで
浩平の口を拭った。こんなに恥ずかしいことだと思えるのに、双方とも、ごく自然な
仕草だった。二人に触発されてあゆが口を開く。
「ゆ、祐一君、口の回り汚れてるよ」
「お、サンキュ」
 祐一は、あゆに言われて気付いたのか、自分のハンカチで自分の口を拭った。
「どうだ、取れたか?」
 祐一は爽やかな笑顔であゆに向かって言った。あゆは視線を俯かせていた。
心なしか、手がぷるぷると震えていた。
「祐一君の馬鹿ああああぁぁぁ」
 ドップラー効果を残して、あゆは居間を飛び出した。ダンダン、バタッ。
階段を踏みしめて二階へ登り、一番近い部屋に飛び込んだらしい。
「ど、どうしたんだ。あゆ?」

「ううむ、なかなか見所のある奴」
「…長森さんにちょっかいを出す時の浩平そっくりですね」



 トントン。扉を叩く音にあゆは振り向いた。
「あゆ、俺だ。祐一だ。開けてくれ」
「イヤ」
 あゆは扉ごしに簡潔に自分の意志を伝えた。
「なあ。何で怒ったのか分からないけど、せめて話くらい聞かせてくれよ」
「自分の心に手をあててよーっく考えてみてよっ!」
 暫く、沈黙が続く。
「ねえ、あの二人はどうしたの?」
「今さっき帰ったよ。しかし秋子さんも、全く見ず知らずの人に部屋を貸そうと
言うのだから、太っ腹というか。でもまあ、あのままいちゃいちゃされても
俺の精神上良くないしな」
「ボクは…ボクはいちゃいちゃしたいよ。でも、祐一君は嫌なの?」
「あ、あのなあ。人目ってもんがあるだろ」
 祐一はあゆの言葉に狼狽えた。顔が火照って口が自由に動かない。
「他人は関係ないよ。祐一君は、ボクのことをどう思っているか。
それだけがボクには大事なんだよ」
「大事に、思ってる」
「じゃあ、どうしてさっき誤魔化したの?」
「それは、」
 声を強くして弁解しようとした祐一の声にあゆの悲鳴がかぶさる。
「そうだって言うなら言葉じゃなくて行動で見せてよ。
そうしてくれないと、ボク分からないもん」

「…分かった」
 カチャッ。鍵を閉めていたはずのドアが、あゆの見つめる中で開いていった。
闇に包まれた世界を、光が照らしていく。
「暗いところは苦手じゃなかったのか?」
 祐一は、照れくさそうに、そしてイタズラ好きな子供のようにに笑っていた。
「ウソ、だってちゃんと閉めたのに」
「ふっふっふ。前の学校で鍵抜けの祐一と恐れられた俺を見くびっていたようだな」
 祐一は不敵に笑っていたが、あゆの目の前に来るとその顔を一転させて真面目な、
それでいて優しい顔を作った。続けて、一息であゆの唇を奪う。
「…んっ」
 驚いたような、それでいて満ち足りた吐息。
口づけしたままで時が過ぎてゆく。そして、どちらからともなく唇を離す。
 あゆの快活な瞳に、この時ばかりは扇情的な光が宿る。祐一はあゆの瞳に
操られるように、また口づけを交わし、あゆの服に手をかけた。するすると、
一枚ずつ脱がしてゆく。最後には、ゆういちの前に下着だけを纏ったあゆが
現れた。
 口を塞いでいた舌を離すと、お互いの唾液がねっとりと糸を引く。いいか、と目で
問いかける祐一に、何かに耐えるように目をつぶってあゆは頷いた。
 あゆの意志を確認して、祐一はついにブラジャーに手を伸ばす。

「はうううぁ、うぅ、あぅ、あぅ」
 二人の背中から突然聞こえた素っ頓狂な声に、二人は振り向いた先には、部活から
帰ってきた名雪が、何か奇妙な踊りを舞っていた。
「えええぇう、えうぃ、さぁい」
 そう言えば、ドアを開けたままだった。二人の世界に没頭していたから、
外部の音が聞こえなかったのだろうか。恥ずかしさをぶつけるように祐一は叫んだ。
「名雪ぃいいいっ!」
「ゴメン、祐一」
 顔を紅くした名雪はくるっと向き直ると、ドタバタと階段を下っていった。
 名雪が去ってしまうと、かえって沈痛なムードが辺りを覆った。
「あ、ああ…なんだ?」
 あまりの出来事に口の回らない祐一に、あゆが笑顔をみせる。
「ううん、分かったよ。どんなに祐一君がボクのことを大切にしてくれているか。
だから、今日はこれでいいよ」
「なんか、物凄く大胆なこと言ってないか?」
 祐一の言葉に、ぼっとあゆの顔が耳まで真っ赤になった。
あゆは半分泣きながら反論する。
「うぐぅ、そんな意味じゃないもんっ!」



 翌日。学校がある祐一は、名雪の部屋のドアを叩いていた。
ちなみに、あゆは現在「祐一君と名雪さんと一緒の学校に行きたいんだよっ」と
猛勉強中であり、学校には行っていない。
「起きろっ、名雪っ!」
「祐一、そんなにしなくても起きてるよ」
 不満げな呟きは、階段から聞こえていた。声のした方向に振り向くと、
名雪が既に制服を着て立っていた。
「奇蹟だ」
 祐一は、その言葉を深く噛みしめて天を振り仰いだ。
「わたしだって、偶には早起きするよ。さ、ご飯食べよ」

 一階へ下りると、秋子の姿が見える。挨拶を交わすと、秋子は台所へ引っ込んだ。
「おはよっ、祐一君」
 テーブルには、既にあゆが座っていた。今日の朝食は和風だった。
いつかあゆが来たときとメニューは一緒だ。
 自分の料理が来るのを祐一が待っていると、すぐに秋子が皿を祐一の目の前に
置いていった。そして、自分も席につく。どうやら、今日は秋子も一緒の朝食と
なるようだった。
 頂きます、と言いながら手を合わせて、食事を開始した。
 祐一は味噌汁に、あゆは麦茶に、名雪は紅鮭に、秋子はひじきの煮物にそれぞれ
箸を伸ばす。
「そういえば…昨日はお楽しみでしたか?」
 ぶっ! 祐一とあゆは秋子さんの突然の問いにせき込む。名雪は何も聞かなかった
ように、笑顔で鮭の切り身をご飯の上に乗せていた。
「な、なに言ってるんですか、秋子さん」
「そ、そうそう。そうだよ」
「据え膳食わぬは男の恥ですよ、祐一さん」
「そうだよ、祐一」
 気のない様子で名雪が何気なく相づちを打つ。あゆが口の回りを拭う中、名雪に
一発拳固を喰らわせて、祐一は秋子さんに弁解しようとした。それをあゆの声が遮る。
「祐一君、口の回り汚れてるよ」
 祐一はあゆの言葉で自分が味噌汁を吹き出したことを思い出して、ポケットから
ハンカチを取り出した。そこで、気付いて動きを止める。
 あゆは身を乗り出して、自分のハンカチで祐一の口の回りを拭うと、満足して
微笑みを浮かべた。祐一は笑顔を返して、食事を再開する。
「間接キスだね」
 にこっ、と笑って名雪が言った。その言葉に、あゆと祐一の二人が途端に取り乱す。
名雪は何故か呆れた顔で、
「昨日はあれだけ見せつけて、今日は間接キスで恥ずかしがるの?」
「う、うるさいな。そういうもんなんだよ」
祐一は、そう言い訳するのが精一杯だった。



「ほら、祐一。早く、早く」
 どうしたことか、余裕があったはずなのに今日も遅刻ラインにさしかかっていた。
靴を履き替えて外に飛び出そうとした祐一に、あゆの声がかかる。
「ちょっと、こっち来て」
「どうした? もう間に合わないかもしれないってのに」
 祐一は憎まれ口を叩きながらでも、素直にあゆのところに戻ってくる。
あゆは背伸びして祐一の頬に軽くキスすると、
「いってらっしゃい!」
 左手をぶんぶん振って元気に見送るあゆに、祐一も負けないよう大きな声で。

「いってきます!」

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