―どうして、わたしはここに座っているのかな―
―祐一は、もうここにはいないのに―
私の、大好きな雪が降っている。祐一も、好きだった雪。でも。
脳裏をかすめる悲しい想い。
雪うさぎを払いのける手。雪うさぎは、あるかないかの、微かな音とともに、
地面へと吸い込まれてゆく。
―やめて! やめて! やめて!―
でも、それが過去。偶然が必然となってしまったそれは、もう変えようがない。
そう、いくらここで待っていても、祐一は来てはくれない。
―もう、待つのやめようかな―
ギシッ。私のすぐとなりに誰かが腰を下ろした。
あり得ないことを期待して、視線を横へ。・・・祐一じゃ、なかった。
赤いカチューシャをした、活発そうな女の子が、そこに座っていた。
「なかなか来ないね、祐一君」
「え?」
「君も、待っているんでしょ。祐一君を。ボクもだよ」
この子はどうして祐一のことを知っているのか、そんなことはどうでもよかった。
ただ、祐一のことを、誰かと話したかった。
「・・・うん。でも、いつになったら、来てくれるのかな」
「ここにいても、祐一君はここに来てはくれないよ。
でもきっと、もっともっと、長い、長い時間が流れたら、来てくれるよ」
「・・・長い、長い時間? でも、祐一は雪が嫌いになっちゃったから・・・」
その子は、そのなんでもない私の言葉を聞いたその一瞬、
少し身じろぎをしたように思えた。
「奇跡」
「えっ?」
この子はいったい何を言い出したんだろう。
「奇跡を待とうよ、ねっ?」
―奇跡。でも、本当に奇跡は起こるのかな―
「ボクは、奇跡を待つよ。そして、祐一君も。だって、約束だから・・・」
『スキダカラ』
言葉には表さずに、その子は言った。その言葉は、私の心の奥に鋭く突き刺さった。
痛い。痛かった。そうか、この子も祐一のことが・・・。
「鯛焼き、食べる?」
ほかほかと湯気をたてていて、餡がしっぽまでしっかりと詰まっている、
本当においしそうな鯛焼きだった。
受け取ってパクッと一口。この味は・・・。
「商店街の出店の鯛焼き屋さん?」
「わーっ、すごい。よくわかったね。ボク、この鯛焼き屋さん大好きなんだ」
無邪気に鯛焼きにかぶりつくその子の姿を見ていると、今まで私を悩ませていた
霧が晴れていくような気がした。
「・・・私も、待つよ、祐一を。そして、奇跡も」
「うんっ!」
嬉しそうに笑うその子。私より、一歳くらい年下かな? あっ、そうだ。
「私は、水瀬名雪。あなたは?」
「ボクは、月宮あゆ。よろしくね」
「じゃあ、なゆちゃん、ね。うーんと、私はなゆちゃんでいいよ」
「うん。なゆちゃん、だね。わかったよ」
「私、負けないよ」
「ボクだって、負けない」
となりに座っているのは、私と同じ気持ちを持っていた。
私と同じ気持ちなんだ。そう考えたら、なんだか嬉しくなってきた。
笑みが自然にこぼれる。久しぶりの笑顔だと思う。
横を見ると、あゆちゃんも笑っていた。
「ふぁいと、だよ」
「ファイトっ!」
その後は、二人でたわいない話をしながら鯛焼きを食べた。
そして、袋の中が空っぽになる。
「じゃあ、帰ろうか」
お母さんも心配してるだろうし。
「・・・そうだね」
あゆちゃんは、とても悲しそうに頷いた。どうしてかは判らないけど。
あゆちゃんは夕日に向かってとぼとぼと歩いていった。
やがて、その小さな後ろ姿も夕焼けの赤光の中にとけ込んだ。神秘的な光景だった。
「私も帰るよー」
*
「ただいまだよー」
「あらあら、また、こんな遅くに帰ってきて。もうご飯冷めちゃったわよ」
「えっ!? もうそんな時間だったの」
「・・・仕方ない子ね。支度するから、ちょっと待っていてね」
「あ、私も手伝うよ」
『何かあったのかしら。名雪、とっても素敵な顔をしているわよ』