スチャラカもくれんタマスダれ
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Refrain 〜あした〜

 学校の帰り道。祐一は今日発売というCDを購入するためCD店に向かっていた。
そのCDのアーティストの曲を口ずさんで商店街を歩く。
 今日は一日快晴に恵まれていた。五月晴れ、というやつだ。実はもう6月ではあるが
全国の平均から見れば桜の開花も梅雨入りも遅いこの地方だから、一週間くらいのずれ
は許してくれてもいいだろう。

 人々の談笑が耳に飛び込んでくる。平和な日常。ここに来ることが嫌だったなんて、
俺も馬鹿なことをしたもんだな、と祐一は思う。
 暖かい人々。華やかではなくとも、ほのぼのとした気持ちにしてくれる街の風景。
そして…
 たったったっ。軽いステップで祐一に向かって走る少女。
「祐一君っ」
 だきっ。少女は祐一に飛びついた。祐一は重みを体全体で受け止める。
「あゆ、ちょっと太ったか?」
 うぐ〜っ! 少女―あゆが背中で暴れる。悪かった、と祐一は詫びる。
どこにでもあるはずの、でもほんの少し前までは想像も出来なかった光景。
「そうだ。祐一君に伝えたいことがあったんだよ」
「おお、俺の代わりにCD買ってきてくれたんだな。偉いぞあゆ」
 あゆの頭をよしよし、と撫でて祐一が誉める。子供扱いされたあゆはますます
怒って頬を膨らませる。そこに―
「祐一〜っ」
 だきっ。祐一のいとこかつ同居人の名雪があゆの上に乗っかかった。
二人分の体重を受けて、祐一の足下が危なっかしく揺れる。
「こら名雪っ! いきなり何するんだっ!」
「言いたいことがあったんだよ」
 いつもの笑顔で名雪が語る。それはいいから上に乗るのはやめてくれと、
祐一は思った。
「あ、いたいた〜っ、祐一、祐一、ねえ教えて欲しいでしょ、ねえねえ?」
 だきっ。ひょんなことから水瀬家―祐一が厄介になっている家だ―に居候することに
なった真琴が、祐一の上のあゆの上の名雪の上にどんっとかぶさった。
「教えて欲しくもないし上にも乗るなあっ!」
「なによ〜っ。祐一は素直じゃないわねっ」
 俺はこれ以上ないほど本気で語っているぞと言いたかったが、大声で反論して気を
どこかにもっていってしまったら、足を踏み外してしまいそうで、
祐一はこらえることに決めた。忍耐だ、忍ぶ心だ、と念ずる。
 早く誰か退いてくれ…祐一の希望も虚しく、祐一の足がまたぎしっと軋みをあげる。
「…こあらさん」
 かつての上級生、今は学校のOGの舞が無言の内に真琴の上に乗っていた。
重いに決まっていた。心の隅にこのまま全員振り落としてやろうかとの思いもよぎる。
 だきっ。もう何が何だか。辛うじて視線を上に向けると、そこには栞の姿があった。
祐一は声を振り絞って栞に呼びかける。
「ど、どうして上に乗るんだ…?」
「え? 何か皆さん楽しそうだったから…」
 ご免なさい、と頬を赤らめて栞が謝って、一番上から降りようとした。
すると…ぐらっ。
「わあ〜っ」
「わっ、わっ」
「あう〜っ」
「…と」
「…降りれません〜っ」
 涙顔で栞が告げてくる。分かったから、と声をかけて祐一はため息をついた。
こうなったからには助けを誰かに求めよう。
 その時、祐一の目に知り合いの姿が映った。よく考えてみれば、舞がここにいる以上
あの人もここにいるはずだった。
「佐祐理さん、助けて下さいっ!」
 どことなく優雅な佇まいを見せる年上の女性に声をかける。
その女性はきょろきょろと辺りを見回して、そのうち祐一たちに気付いて声をかける。
「あ、舞ーっ。そんな所にいたんですか」
「さ、佐祐理さん…」
 もう限界だ、助けて下さい。それだけ言うのも一苦労だった。
「舞、佐祐理も混ぜてね〜」
「はちみつクマさん」
 ちょっと佐祐理さん聞いてました? おい舞、どうして認めるんだよっ!
 祐一の苦悶には気付いてないらしく、佐祐理は祐一に早足で駆け寄っていった。
「えいっ」
「ぐはぁ」
 6人分の体重が祐一一人の二本の足にかかる。もう流石に限界だった。
 ずるっと祐一の体が崩れて、その上にいた女性たちもバランスを崩して
地面に、あるいは祐一の体に落っこちる。
「ぐへええええええっ」
「あ、面白い声ですね」
 何故か無事だった佐祐理と舞だけが立っていて、栞は地面に尻餅をついて、
名雪とあゆは祐一の上に倒れていた。真琴は頭を打ちつけて気絶中。
ついでに祐一も二人分のボディドロップを受けて気絶していた。



「あ〜、酷い目にあった」
 頭をさすりながら祐一は誰にともなく毒づいた。まだ頭がふらふらしていて、
視界が定まっていない。後で病院に行った方がいいかもしれない。
 祐一を心配そうに眺める6対の目に気付いて、祐一は慌ててかぶりを振った。
「それより、何か話があったんだろ、あゆ?」
「そ、そうだよ。ボクが伝えたかったのは…」
 どんっ! 衝撃と共に地面に突き刺さっていたのは、巨大な物体だった。
「な、な、な…?」
 突然のことに祐一は口をだらしなく開けてそう言うのが精一杯だ。
「スケッチブックだね」
 ぺらぺらとページをめくりながら名雪が呟く。
「ふえーっ、随分丈夫なスケッチブックですね。ねえ、舞?」
 無言でうなずく舞。
「これ、持って帰っちゃ駄目ですか?」
 絵を描くことが趣味の栞は、どうやって持ち帰ろうか真剣に考え込んでいた。

「持って帰ったら困っちゃうな」
 7人は涼やかな声に導かれるようにしてその声の主に振り向いた。
そこにいたのは、二人の女性。年は、一人は20歳前。一人は幼い風貌だがそれでも
高校生よりは大人びている。
 背の小さい方の女性は懐から普通の大きさのスケッチブックを取り出して、
サインペンで何かを書き付けたページをこちらに見せてきた。
『澪のスケッチブックを取ったらダメなの』
 この巨大な物体はあの小さな少女の持ち物らしい。というか寧ろ…
「どうやったらあの体からスケッチブックを地面に突き刺すような力が
発揮されるんだ?」
 少女はスケッチブックの別なページを開いて何かを書き込んでいた。
『SP必殺技だからなの』
「ONE,Kanon版QOHが出るって噂だから特訓していたんだよね、澪ちゃん』
うんうんっ。澪と呼ばれた少女は嬉しそうに頷いている。
「ふえーっ、これは強敵ですね…」
「って、違うでしょ佐祐理さん!」
 どうせ男性陣の、つまり俺の出番なんて無いからいいんだ。
こっそりと祐一は愚痴っていた。
「そうだよ。どうしてボクの邪魔するの!」
「それは…」
「それは?」
「6/3は私の誕生日だから、みんなに伝えようと思って」
『6/4は澪の誕生日なの』
 ずるっ。あゆを除く全員がずっこけた。
「だからってボクの邪魔をするの!」
 しかしあゆだけは何故かカンカンだった。余程大事な用事だったらしい。
 あゆの横をすり抜けて、一人の見知らぬ少女が進み出て、二人に話しかけた。
というより、誰とも言えない人へ話しかけているようにも思えた。
「忘れられてしまうのは悲しいことです。さあ、行きましょう二人とも」
 突然どこからか現れた金髪の少女が人騒がせな二人を連れて立ち去ってゆく。

「結局…何だったんだ?」
「それよりボクの話だよっ!」
 へえへえ、と祐一は気のない返事を返した。
「実は、ボクたちのゲームが発売されて一周年なんだよっ!」
 おお〜っ。全員が驚いた。
「そうか、もう一年か…」
「早いものですね…」
「あの、みんなでお祝いパーティをするのはどうですか?」
 ちょこっと手を挙げて言った栞の提案にその場の全員が賛同した。
「わたしの家でやるんだよね」
「佐由理さんの家の方が広いんだろうけど…どう?」
「ご免なさい。今週はお父様の会議が立て込んでて…」
「じゃあ、ウチで決まりだな」
「了承」
「わっ、お母さん…」
「いつの間に…」
「常に先を見据えるのが良将のあり方ですよ」
「あはは〜っ、勉強になりますね」



 ぞろぞろと水瀬家のドアをくぐると、そこには横断幕、電飾、色紙の飾り付け、
そして一周年に相応しい料理が整っていた。
「お帰りなさい、名雪」
「ようっ、相沢」
「久しぶりですね、相沢さん」
 それらの用意は香里、北川、美汐が手伝っていたらしく、どこか憔悴した、けれど
満足した表情で外から帰ってきた人々を迎えていた。
「ケーキもありますよ」
 そう言いながら秋子さんの持ってきたケーキは、まるで結婚式を想像させるような
数段重ねのケーキ。一段目はイチゴケーキで二段目はチョコレートケーキ。三段目は
アイスケーキで四段目は祐一から北川に至るまで、みんなの彫像が作られていた。
「うわあっ、やっぱり秋子さんは凄いねっ」
「でも、ロウソクは一本だけなんだな」
「まだ一周年ですから」
 俺が赤ん坊の時のケーキもこうだったんだろうか
(豪華さは比較にならないだろうけど)。取り止めのないことを考えながら
祐一がケーキを見やると。
「こらそこ、折角の彫像を食べるなっ!」
「いいじゃない、自分の彫像なんだから〜っ」
「駄目だ。大事にタンスの引き出しの一番奥に仕舞っておけ」
 まったく心休まる暇がないな、と祐一はため息を一つ吐いた。
「でだ。誰がロウソクを吹き消すんだ?」
 北川のその一言に、その場は熱気吹き荒れる戦場と化した。
「ボクに決まってるよ!」
「わたし、やりたいよ…」
「真琴なのーっ」
「…舞」
「私も負けませんよっ」
「あはは〜っ、これは佐祐理で決まりでしょう」
「いえ、私に決まってるわよ」
「僭越ながら、私が」
 会場のあちこちで火花と口論が熱く飛び交う。
「馬鹿野郎、どうしてあんなこと言ったんだっ!」
「やはり俺のせいか?」
 自分の罪を自覚していない北川を祐一は殴り飛ばした。
「あらあら、暴力はいけませんよ」
 祐一をやんわりと秋子がたしなめる。
「秋子さんはあの中に混じらないんですか?」
「今の内に吹き消してしまえば私が真のヒロインですよね」
 がっくりと力を落とした祐一は秋子さんを止める。
「今以上に混乱しそうだからやめて下さい」
「大丈夫ですよ」
 大丈夫かもしれないが、とばっちりを食らうのは俺たちだ、と思っている
祐一は安心出来なかった。

 パンパンッ。秋子さんが二度手を鳴らすと、場は不思議なほどに静まった。
「私が公平に決めさせてもらうわね。みんなそれでいい?」
 大人の余裕か、秋子の人徳か。女性陣の頷きを得て、秋子は
手元のスイッチを押した。
 ダラララララッ。辺りの照明が落とされると、小刻みなドラムの音と一緒に
円すい型の光が次々とランダムに移動してゆく。
「ちょっと何よこれ、私こんなもの設置してないわよ?」
「俺もだ、香里」
「…私も記憶にありません」
 ラララララッ、ダンッ!
 光が最後に指し示したのは―どんっ、あゆを押しのけた真琴が光の中に
仁王立ちする。
「真琴がいっちばーんっ、じゃあ真琴が…」
「真琴」
 ロウソクを吹き消そうとした真琴が秋子の一言に動きを止め―
いや、凍り付いた。背中を堅くした真琴に秋子は声をかける。
「駄目でしょ、あゆちゃんの役目を奪っちゃ」
「あ、あう〜っ」
「分かったわよ、また来年があったらね」
 とぼとぼと気を落として真琴がケーキから遠ざかり、それと入れ替わりにあゆが
ケーキの最上段が見えるように折り畳み式の梯子に登る。
 すーっ、はーっ、すーっ、はーっ。
「あゆちゃん、一本だけだからそんなに緊張しないでも大丈夫だと思うよ」
「名雪の言う通りだぞ。気合い入れすぎて唾を吹きかけられたら大損害だ」
「うぐぅ、二人とも黙って!」
 ふーーーっ。
 部屋の中から明かりが消えたのもつかの間、見慣れた電灯の明かりが灯る。
さあ、パーティの始まりだ。



 パーティと言っても、ご馳走を食べて、お互いにプレゼントを交わし、歓談する
というごくありきたりのものだ。(あゆたちは帰り道の雑貨店で品物を選んだ)
 それでも結構楽しめるものだが、ここに満足出来ない人間がいた。
「肉まん大食い大会に出る人この指とーまれっ」
 真琴だ。しかし、大食い大会なんて催しに参加しようとする人間はいなかった。
答えは簡単、肉まんより秋子の料理の方が美味しいし、量も食べきれないくらい
たっぷりとあったからだ。
「やるのやるのやるの〜〜〜」
 もはや完全に駄々っ子と変わりない真琴。
「あはは〜っ、駄々っ子は佐祐理が懲らしめてやりますよ」
 赤い顔で―酒によっているみたいだ―ステッキをぶんぶん振り回し、
佐祐理は魔法の呪文を詠唱した。
”汝のあるべき姿に戻れ、ク□ウカーード!”
 高らかに詠唱しながら佐祐理はステッキを真琴の頭目がけて振り下ろす。
すんでの所で祐一は二人の間だに割り込むことができた。
「ちょっと待った。呪文の内容もそうだけど、真琴にそれはやばいって!」
「ほぇ、雪兎さん?」
 はにゃ〜んとした顔で佐祐理は祐一に寄り添う。
「俺はそんな名前じゃない!」
「それでは私がどうにか致しましょう」
「そうか助かるよ。って天野お前も酔ってるな!」
「大丈夫です。中国四千年の伝統の技ですから」
 ふらふらとした足取りで天野は真琴に近づくと、ポケットから取り出した
札を真琴の額に貼り付けた。
「臨兵…烈在然!」
 呪文を唱え終わると同時に、真琴の姿がかき消えた。あまりの事にその場にいた
全員が何も言えないでいると、天野が親切に解説してくれた。
「今の呪で、真琴を別の宇宙に転送しました。今頃真琴は望み通りに
肉まん大食い大会に出ているでしょう。未熟な天使とインチキ中華娘と実生活は
不幸の少女っぽいアイドルと典型的大食い男に挟まれて」
「あら、あゆちゃんがいないわね。どうしたのかしら」
「栞もいないわ。 …北川君、暗い夜道に連れ込んでいかがわしい行為に
ふけったりしていないでしょうね」
「何で俺のせいになるんだよっ」
「…あ、キャラがかぶっている所が僅かにあるので、転送に引き込まれてしまった
ようですね。でも問題ありません。明日には戻ってきます」
「大丈夫よ」
 今回ばかりは無責任では、と祐一には思えた秋子さんの台詞に、何故か他の皆は
納得してパーティはそのまま何事もなかったかのように続けられた。



「楽しかったね、祐一」
「俺はどちらかというと怖かったぞ…」
 パーティも終わり、招待客を見送って家の飾り付けを外していたら、
もう夜中の二時になっていた。
「じゃあお休み、名雪」
「ね、…」
 名雪は控えめに祐一を引き留める。どうした? いたって気楽な様子の祐一。
「わたしたち、いつまで覚えていてもらえるんだろうね」
「さあな…」
「無責任だよ」
「こればっかしは俺たちにはどうにも出来ない問題だろ。
けれど、人の心に一度残ったものは、それは一生を共にしてゆくものだと思う。
 それが幸せな記憶でも、不幸な記憶でもな」
「そう…だね。みんなの心の中に…わたしたちは残っているよね。生きてゆくよね」
「きっと……」
「うんっ」



 雪の降るたびに、少女たちの笑顔は、懐かしい記憶と共に。

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