スチャラカもくれんタマスダれ
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ひよりんよ永久に

 六時限目の鐘が鳴ってから数分後。歩いて家への帰途に就く者、バスに座る為に走って
バス停へ向かう者、図書室に本を返しに向かう者、部長の雷怖さに部室へと急ぐ者。生徒
達は皆、勉強から解放されて、一日の残りを使ってそれぞれの時間を過ごしていた。
 そして、ここには草むらの陰に集まった女子が四名。全員が制服姿で、私服の人間は一
人もいない。ついさっきまで授業を受けていたことを考えれば当然のことか。集まった女
子の顔は一様に緊張の色を見せていた。まるで赤穂浪士が逆恨みで吉良邸に討ち入りする
ときのように張りつめた空気が漂っている。

「清香さん、今日はどうして私達をここに集めたんですか」
 おずおずと軽やかな声で出された質問に、一同のなかで最も背の低い女子が偉そうな態
度で答えを返す。
「そうね。みんな揃ったことだし、集まってもらった理由を説明するわ」
 お子さまが精一杯背伸びして大人ぶっているようにしか思えない、微笑ましい光景だっ
た。態度と背の高さが釣り合っていればもうちょっと威厳もでてくるのかもしれない。
 どうやらこの巨大パラボラアンテナを背負っている、清香と呼ばれた女子がこの会合の
発起人らしい。清香は一同を順に眺めるともう一度満足そうに頷いた。
「今日はまじかる☆……」
「駄目ーーーっ!」
 最初に口を開いた女子――雪希が必死の形相で清香の口を塞いだ。次いで猟師に追いつ
められた獣のように辺りを真剣に伺う。
「わかりましたっ!」
 きょろきょろと雪希が当たりを見回す中、赤いヘアバンドを付けた活発そうな女子が突
拍子もなく大声を出した。
「アレですね。風紀紊乱こと公共の敵、不幸のどんぞこを突き破って薄幸の美少女に濃厚
な絶望を味会わせた迷惑千万のおっちょこちょい、人が右向きゃあちらは左、人生の往路
を突っ走るはた迷惑な自称魔法少女。その名も、まじかる☆ひよ……」
「えいっ!」
「ぷる、ぷるぷる……ぷるぷるぷる」
「うふふー。進藤さんったらぁお茶目なんだからぁ♪」
 雪希のチョップが大声でわめきたてていた進藤の延髄に綺麗にヒットした。気を失って
どういった仕組みか顔を青ざめさせて震える進藤を両手に抱きかかえて雪希は誰かに向か
って必死に誤魔化している。
「雪希って敵に回したくないタイプよね」
「え? あはは? あははははは?」
 無意味に顔に笑みを浮かべている雪希に清香は幾分かの恐れの混じった冷ややかな目を
注いで、
「大丈夫よ雪希。弁当を届けに来なかったから知らなかったみたいだけど、今日は健二も
日和も風邪で休みよ」「え、そうだったの? や、やだなあ。それならそうと早く言って
よ清香さん♪」
 不必要に軽やかなノリで体をぶつけてじゃれついてくる雪希を奇妙な生物を見るような
目で眺め、改めて清香は宣言した。
「まじかる☆ひよりん対策会議を始めるわよ!」
「おー!」
「……ぉー」
 今まで一言も喋らなかった麻美が少し遅れて気勢を上げた。



 気を取り直して会議開始。司会進行役は自然の流れで清香がつとめた。
「敵を知り己を知らば百戦して危うからず。まずは相手の特徴を挙げていきましょう」
 はい、と手を挙げた雪希を清香が指さす。
「まず、『困った人』がいると出てきます」
 座ったままで答えた雪希が人差し指をぴっと伸ばす。雪希に習って他の三人も指を伸ば
した。
「自分の年齢を無視しまくったどピンクの衣装を恥ずかしげもなく着こんでます」
 恨み骨髄の台詞を吐きながら進藤が中指を伸ばす。
「最初は恥ずかしかったみたいだけどね」
「もう慣れたに決まってます! いえ寧ろ快感に打ち震えてます! 他人からの冷めた視
線さえも自らを高める要素の一つに過ぎず、ああカ・イ・カ・ン。あたしもうこの感じが
無いと生きていけないわ。とか思ってるに決まってます!」
「そういえばあたしと会ったときには随分堂々としてたわね」
「コスプレって怖いんだね」
「そうね……」
「……怖いです」
「って、違うわよ。相手の弱点を見付けることが目的よ」
 脱線しかけた話を戻して、清香は自分以外の三人を一人ずつ指名した。だが誰からも答
えはない。
「……他の特徴?」
「ハンマー持ってるくらいかな」
「役に立たない情報ばっかじゃないですか! いいえ、奴が風邪を引いてるとなればまさ
に好機! さあさあ、奴の居城のドアが開かれたところを機銃掃射で突撃です! 米国特
殊部隊にあやかってまずは飛行場から占拠ですよ!」
「ふんっ!」
「ぴくっ、ぴくぴくっ。ぴくぴくぴく」
 清香のチョップが進藤の延髄にめり込んだ。進藤は顔色を紫に変えて微震を繰り返す。
会議の前途を儚んで全員が溜息を吐くなか、おずおずと麻美がその手を挙げる。
「……こうして話していて問題は解決するのでしょうか」
「さすが先輩。鋭い突っ込みね」
「うーん。特徴、何かあったかなあ」
「……そもそも、あの衣装はどこから手に入れたものでしょうか」
「あ、そういえばあの服、既製品でした。JISマークが付いていましたよ」
「それは重要な情報ね。ってどうしてそんなこと知ってるのよ雪希」
「ひよりんにハンマー持って懇願されたんだよ」
 そのときの光景を思い出したのか、自分の肩を掴んでぶるぶる震える雪希。そんな彼女
を励ますように清香は背中を大きく叩いて、
「目の付け所が細かいわね雪希。ということは、日和が自分で作ったってことじゃないわ
けね」
「日和ちゃんは裁縫が出来ないって聞いた覚えがあるよ」
「そういう問題ではない気もするわ」
 清香は口の端を歪めて苦笑いした。そこへ突然、復活した進藤が騒ぎ立てる。
「ならなら、早坂先輩はコスパで手に入れたに違いありません! オタクのファッション
デザイナー、コスプレイヤーの憧れの星! コスパに全ての謎がある。行くぞワトソン君
!」
「なるほど。進藤さん、コスパってどこにあるの?」
「知りません!」
 走り出そうとしていた三名が揃ってずっこけた。
「あのねえ。断言するからてっきり知っているのかと思ったら」
「なんかどっかで耳にしただけですから!」
 進藤は無意味に胸を張ってきっぱりと断言する。ある意味爽やかさんだった。
「……コスパは首都圏と関西圏くらいにしかありません」
 ぼそっとした小声で麻美が説明した。
「詳しいの? 麻美先輩」
「……少しですけど」
「いくらくらいするんですか!」
「……まじかる☆シリーズは値段が張るので一万二千円ほどになります。人気のまじかる
アンバーセットは……」
 言葉の最後の方はごにょごにょと聞き取れなかった。それでも麻美の出した値段に一瞬
座がさあっと静まる。各自の小遣いを軽く超える額だ。
「た、高いものなのね」
「でもそれなら、五〇円しか持ってなかった早坂先輩が購入できるはずありません! つ
まり、ひよりんには強大な財力を持つ黒幕がついているということ! ずばり、日本沈没
の陰謀を企むCIAの仕業です!」
「進藤さんの意見はともかくとして、最近転校してきた日和ちゃんが衣装を入手するルー
トといえば……」
 突如、雪希の表情がこわばった。日和の言葉を清香が継いで、
「健二ね。間違いなく」
 雪希の兄である健二と日和が付き合っていること、日和が転校してきたのは健二がいる
からであること、この二つは公然の秘密である。更に転校当時にひよりんが出没していな
かったことを考え合わせれば、ひよりんの衣装は日和が転校してきてから後、健二がどこ
からか入手してきたとしか考えられなかった。
「雪希ちゃん、健二のところまで案内なさい」
「う、うん……」
 それでも兄を信じたいのだろう、浮かない顔の雪希を連れて清香たちは片瀬家へと向か
った。



 そのころの片瀬家。
 じりりりりりっ。
 電話の呼び出し音に眠りを破られて健二は目を覚ました。反射的に額に手を当てて熱を
確かめる。風邪引いた人間の手で額を触ったところで熱の高下が分かるわけではないが、
多分に気分的なものだ。
 妹が登校前に机に用意してくれていた体温計を脇に挟んで電話機へ向かう。二階建てで
ある片瀬家の二階は雪希の部屋に電話機が一つあるっきりだ。幾度も携帯電話を持つこと
を考えたが、健二は親からの少ない仕送りの中から電話代を捻り出すほどの価値を携帯電
話に認めていなかった。
「はい、片瀬です」
「早坂です〜」
「お、日和か」
「わざわざ見舞いの電話か? すまないな」
「ううん。だって、私も風邪引いてるし〜。暇だから〜」
「は?」
「健ちゃんが激しくするからだよ〜」
 風邪で脳がとろけているのか、いつにもましたポンコツさんぶりで惚気ていた。ストレ
ートな惚気に毒を当てられたように健二は後ずさった。
「お、おう……」
 ぴぴぴっ。腋から取り出した体温計は三六度八分を示していた。平熱とはいかなくとも
、風邪はほぼ直ったとみていえるだろう。
「健ちゃんは〜、何度〜?」
 発信音が聞こえたのか、受話器の向こうから問いかけてくる声に答える。
「三九度二分。死にそうだ」
 健二は誰がどう聞いても重病人には思えない力のこもった声ではっきりと断言した。
「はわわ、大変だよお〜」
 でも騙されるポンコツさん。対応がどことなく鈍いのは風邪を引いているからだろうか。
「実は東経一三七度八分」
「はわわわわ、大変だよお〜」
 対応同じか、この馬鹿。と突っ込む気力はまだ回復してなかったので平穏な質問にとど
めて、
「で、そっちは?」
「三八度だよ〜。えへへ〜」
「ゆっくり養生しろよ」
「うん。じゃあね〜」

 人心地つくと、途端に空腹が気になった。健二は一階の台所へ移動する。コンロにかけ
られた鍋の中に今朝の朝食だった粥の残りがあることを確かめて火にかけた。塩味で味付
けしネギをのせただけの簡素な粥に一工夫を凝らしている。健二にはどういった工夫を凝
らしたのかまでは分からないが、家庭の味の温かさをただただありがたいと思った。
「と、もうそろそろか」
 カタカタ震える鍋のふたに気付いて健二はコンロの火を消した。自分の茶碗を取り出し
て粥を注ぎ込む。病人用ということで薄味だったことを思い出し、最後に塩を軽く振りか
けた。
「いただきます」
 応えてくれる人がいないと寂しかった。今度から人がいないときは言わないようにしよ
うか、などと考えながら粥をすすった。

 ピンポーン。
 健二が粥を平らげるとドアのチャイムが鳴った。時計に目を向けて今日の曜日を考える。
妹の雪希が帰ってきたのだろう。
「ほいほいー。今行きますよー」
 玄関まで出ていってドアを開ける。
「おかえり、雪希」
「うん、お兄ちゃん。ただいま」
「で、こいつらは?」
 健二の予想とは違い、雪希の他に清香、麻美、進藤の姿があった。健二は特に進藤に視
線を向けて邪魔だ帰れという仕草をとる。
「あーん酷いですよ先輩そんなに辛く当たらなくてもいいじゃないですか。はっ、これは
もしかしてわざと? わざと辛く当たって私の愛を確かめようとしてるんですね。そんな
ことしなくても私の健二先輩への愛は永久不滅の……」
「ふんっ!」
「ふめらっち!」
「もう風邪は治ったみたいだね、お兄ちゃん」
 顔面蒼白で震える進藤をもはや誰も気にしなかった。
「んー、まだちょっとあるかもな。そんなわけで、俺は上行って寝てくるから……」
「待ってお兄ちゃん。話があるの」
 珍しく雪希はせっぱ詰まっているようだと健二は思って、
「んじゃ、そこの机で話を聞くか」
 提案して台所へ戻る。背中にぞろぞろと付き従ってくる足音を聞きながら。

「でだ。どうしてお前らも腰掛けてるんだ?」
「……健二さんは迷惑ですか」
「あっ、いや、麻美先輩はもちろん違うよ」
「ああもう! そんなことはどうでもいいのよ!」
「どうしたんだ清香、カルシウムが足りないのか? 牛乳を飲めばイライラ解消、おまけ
に背も伸びる特典付きだぞ」
「殺すわ」
 ゆらぁりと清香が立ち上がる。慌てて後ろから雪希と進藤がが羽交い締めにして動きを
止める。
「清香さん落ち着いて!」
「そうですよ猶予は今日一日だけしかないんですから!」
「はーなーしーなーさーーい!」

「そして、激闘十分にしてようやく野獣は抵抗を止めた」
「だれが野獣よ!」
「ああもう。お兄ちゃんも煽らないで。清香さんも落ち着いて下さい」
 健二の不必要なナレーションに清香が再び席を立つ。雪希がなだめすかすと今度はあっ
さりと席に戻った。
 健二を睨み付ける清香はなるべく気にしないようにしながら、雪希はおずおずと話を切
り出す。
「実は……」
『……お困りですか?』
 ざわっ……と室内の空気が一変し硬質化する。緊張感露わに四方に目配りする女性連。
「どうしたってんだ? みんな」
「嘘……嘘よ。だって今日は風邪で休みのはずでしょ!?」
 清香の悲鳴が片瀬家に木霊した。女性連について行けない健二はただ困惑している。
『そんな時には、わたしにお任せ♪』
「日野崎先輩の嘘つき〜〜」
 絶望と恐怖に塗りつぶされた室内に悪魔が降誕する。
『はぁい、まじかる☆ひよりんだよぉ♪』
 健二はどこからか聞こえてくる歓声を耳にした。テレビはつけてない。幻聴だと切り捨
てて目の前の人物を見つめる。彼もよく知っている、どころではない。一昨日はこの衣装
をつけさせたままで肌を交わしている。
『お困りのようだね、雪希ちゃん?』
 健二の当惑をよそに、目の前の人物――日和は首を傾げた姿勢で雪希を見つめていた。
「あ、あはは……」
 当の雪希は乾いた笑顔を浮かべるばかりで答えられそうにない。
「おい日和、お前熱あるんじゃなかったのか」
「日和じゃないよお。まじかる☆ひよりんだよお」
 お兄ちゃん、大人しく従った方が身のためだよ、と小声での雪希のアドバイスに従って、
「それでひよりんさんは熱が三八度あるんじゃなかったっけ」
「でも、健ちゃんも風邪だから〜、お見舞いしないといけないよね〜」
「馬鹿、お前の方が熱高いんだぞ」
「あれ? でも健ちゃん熱が東経一三七度八分あるって言ってなかった?」
「日和。それは熱の単位じゃないわ」
「あれーーー?」
 ひよりんはとても不思議そうに首を傾げた。が、すぐに立ち直ると。
「うん、せっかくだからひよりんの魔法で健ちゃんの魔法を直してあげるよぉ♪」

『ピンプル、パンプル、ロリ……』
「日和ちゃん!?」
「おいっ、日和!?」
「早坂先輩!?」
「……大変です」
 台詞の途中で倒れた日和に四人は慌ててかけよった。



「おい日和」
「なあに、健ちゃん」
「あそこの、そうだな。草葉の陰で待ってるから絶対に来いよ」
「えっえっえ〜? どこどこどこ〜?」
「じゃあな」
「待ってよ〜〜」
 あの後。早坂家に電話を入れて日和を引き取ってもらった。もちろん、いろいろと問題
の多い服は雪希のものに着替えさせた。汗をかいていたのでと言い訳したら恐縮されて逆
にこちらが恐縮する、そんな場面もあった。 衣装は健二が強行に反対したが多数決によ
り焼却処分に決定した。



「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「遅い!」
「話ってなあに?」
「泣くなよ? まじかる☆の服は燃やしてしまったんだ」
「ぐよぐよぐよ〜」
「泣くなー」
「ぐっすん。ど、どおじで〜」
「どうしてって……。まあ、なんだ」
「あの姿を見ていいのは俺だけだからな」
 そっぽを向いて告げる健二。
「えへへ」
「こいつは無事だったから渡しておこう」
 健二はハンマーを手渡した。雪希の「これまで燃やしちゃったら日和ちゃん暴れちゃう
よ」の一言で一命を取り留めていた一品だ。
 ハンマーを受け取って暫く眺めていた日和はえいっ、とかけ声をかけてハンマーを健二
に向けた。
「もう一度だけ、魔法の力を使っていいかな」
「魔法の王国に帰ったりしないんだったらな」
 話の筋が見えないながらも、健二は冗談交じりに了承を与えた。
「大丈夫だよ〜。それじゃあ、行くね〜」

『ピンプル、パンプル、ロリポップン』
『マジカルマジカル、るんららぁ』
『そ〜れっ、にゃうーん♪』

「で、何の魔法をかけたんだ?」
「えへへ〜。健ちゃんが私のことをもっと好きになる魔法だよ」
「……」
「健ちゃん、もしかして照れてる〜?」
「そんなわけないだろ。それに……」
「それに?」
「魔法に左右されるような”好き”じゃないからな」
「うんっ!」

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