スチャラカもくれんタマスダれ
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秋のはじめに

二つの肉体がぶつかりあう音が規則的に鳴り響く。僕たちはもうすぐ絶頂を迎えようとしていた。
「はぁ。はぁ。はっ、はっ、はっ」
「あっ、はん、あっ、あ――はぁ」
オルガスムスの解放/彼女を見下ろす僕。僕を見下ろすボク/冷め切った視線。
彼女の温もりを感じていても心はどこか空虚で、ここではないどこかに自分を置き忘れてきたような感じが、どこでも、いつでも、僕にはつきまとっていた。
そこは、桜並木の公園。曲がりながら下るスロープの先、踏切で立ち止まった僕たちは、並んで電車が通過するのを待っている。小さい頃の僕と、いつまでも一緒にいたいと、いつまでも一緒にいられるのだと思っていたあの子。
思い出すのが難しいほどに色褪せてしまった時代の、それでもこれだけは忘れられない情景だ。
夢うつつ、僕はスタンドに手を伸ばす。事前に鞄から出していたタバコとライターを手に取るためだ。
鋭い金属音と、さざめきのような爆発音。息を吸い込むと体中に白い煙が充満した。かき消される、夢。現実に戻った僕の背中には先ほどまでの行為の余韻に浸っている彼女が苦しい息の合間に満足そうな声を漏らしている。
彼女に水を持ってこよう。僕は――酒ならばなんでもいい。冷蔵庫は同じ部屋にあるから必要はないのだけれど、習慣的にガウンを羽織ると僕は立ち上がった。
一瞬、体がよろける。行為で思った以上に疲れたのだろうか。違った。彼女がガウンを後ろから引っ張っているのだと僕は気づく。
ふと、あの島で三年間を共に過ごした少女、強いと思っていた少女が泣いている姿が脳裏に浮かんだ。声を押し殺そうとして、でも出来なくて。お願いだから、優しくしないで下さい。彼女は、そう言っていた。
ぱあんと、甲高い音が静かな室内に響いた。無意識のうちに、僕は服をつまんでいた彼女の手を払っていた。
信じられない、といった表情で固まる彼女に僕は声をかけることができない。
ややあって、ようやく僕は言葉を口にすることができた。何故か、その一言を出すのがとても苦しかった。
「ごめん」
彼女はそんなに大げさに謝らなくてもいいじゃないと笑う。そうだねと僕も笑った。 謝罪の言葉。あのときは出てこなかった言葉。あの少女は泣いていた。僕が原因であることに、”あの頃の僕は”気づきもしなかった。”今の僕は”あの少女が僕に過分の好意を抱いていたこと、そのことに気づこうともしなかったことが少女を傷つけていたことを知っている。
それは何故なんだろう。
世界の全てが崩れたような、暗闇の中に潜む決して出会ってはいけない悪夢に見つかってしまったような、そんな気持ちが不意に僕を襲った。
「もう寝ようか」
僕は彼女に声をかけて、彼女が答えを返すより先に布団に潜り込んだ。
怖かった。もう、どうしようもないくらいに怖くて、震える体が彼女に気づかれてしまうことが怖くて、それがどうして怖いのかはよく分からないのだけれど、ただ体を丸めて。寝よう、寝ようと心に決めて。
結局、僕は夢の世界に落ちこむことが出来ないままで、その次の日の朝を迎えていた。

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