スチャラカもくれんタマスダれ
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紅薔薇のつぼみの妹について500字以内で述べなさい

 部室へと続く廊下を曲がった瞬間、真美は人とぶつかった。
「きゃあぅ」
 真美はうまくバランスをとって転倒をまぬがれた。だが相手――廊下を走っていたふとどきもの――は奇妙な鳴き声を上げたあと、すってんころりんと廊下に尻餅をついていた。
 もしかして客観的に見ると、私が相手を転ばせたことになるのだろうか。なんとなくいたたまれない気持ちになった真美は、背中を見せて尻をさすっている相手に手を差し伸べた。
 そこでようやく、自分にぶつかった少女が紅薔薇のつぼみの妹である福沢祐巳であると気づいたのだった。
 祐巳さんはこちらが差し出した手に気づかず――どうやら気づいてもいないようだ――急いでいて前を見ていなかったんですごめんなさいと、何度か頭を下げると二階に続く廊下へ駆けだした。
 紅薔薇のつぼみの妹になってはや数ヶ月の祐巳さん、落ち着きがないところは変わっていない。
 祥子さまはどうして祐巳さんを妹に選んだのだろう。それは、この数ヶ月間、真美が抱いている疑問だった。
 容姿端麗、頭脳優秀、スポーツ万能が薔薇さまファミリーの必須条件である。なんて決まりはないことは真美も分かっている。けれど、今代の薔薇さま方を見ていると、ややタヌキ顔で、平均ぴったりの成績で、ボールで遊ぶよりボールに遊ばれるような祐巳さんがなぜ、と思ってしまうのだ。
 といったようなことを思っていると、陽の落ちかけた周囲には不釣り合いなまばゆい光が目に飛び込んできた。カメラフラッシュとくればこのひとだ。振り向いた場所には予想通りのひとがいた。
「物思いに沈む真美さん。うーん、いいアングルだ」
 カメラを構えたまま、蔦子さんは私に話しかけてきた。
「祐巳さんが気になる?」
 ちょっと待って。蔦子さんが出てきたタイミングでは、祐巳さんの姿は見えなかったのでは?
 疑問に思って質問してみると、
「わりと最初から。具体的に言うと、祐巳さんとぶつかったあたりからね」
 ということは、さっきまでのやりとりはほぼ全て見られていたようだ。
「蔦子さんはずいぶんと祐巳さんと親しかったわね」
「自他共に認める親友だと思ってます」
「今度ひとにぶつかったときは、相手が手を差し伸べてないか気をつけるように注意してくださるかしら」
「祐巳さんに伝えておきます」
 わたしは溜息をついた。あまり実行されそうにない。
「あれが次期薔薇さま候補とはね……」
 私の言葉に蔦子さんはむっときたようだ。カメラをポケットにしまうとズンズンと大股で近づき、かと思うと私にびしいっと指をつきつけた。
 なるほど、自他共に認める親友、というのは嘘ではないらしい。
「祐巳さんのどこが悪いってのよ」
「どこが悪いと言われるとないわね」
 そうなのだ。傍目に見て、祐巳さんはよくやっていると私も思う。
 最初のうちこそ薔薇さま方に気圧されていたようだったが、今や薔薇さまファミリーにすっかりとけ込んでいて――あれ? これって、祐巳さんを認めているってこと?
「分かったわ。真美さんは祐巳さんをみくびっている」
「祐巳さんをみくびっている」
 勢いに飲まれて蔦子さんの言葉をおうむがえしに繰り返す私。
「私と違って接点があまりないからね。誤解するのも無理ないか」
 ふむ、と蔦子さんは『考える人』よろしく腕を組んだポーズ。
 しばらく無言で考えをまとめていた蔦子さんは、そうだ、と声を上げた。
「今度のリリアンかわら版の特集は祐巳さんにしたらどう?」
 特集はいつもお姉様が考えている、と反論しようとして気づいた。三奈子さまはこのところおたふく風邪で学校を休んでいらっしゃる。
「薔薇さま方、お姉様である祥子さま、由乃さん、志摩子さん、あと祐巳さんのクラスメイトから祐巳さんをどう思うかインタビュー。その課程で見えてくるものがきっとある。祐巳さん特集だけだと怪しまれるのではないか、というなら次の回で由乃さんと志摩子さんを特集すればいい」
 こうして蔦子さんに押し倒される形で私は祐巳さんインタビューを始めたのだった。
 
 
 
証言その1。クラスメイトの桂さん
(質問1、祐巳さんの第一印象は?)
 面白い子、かな。ほら、ちょっと前に「同情するなら……」ってあったじゃない。名前が同じだから「あれやってー」って冗談なのに本気にしちゃって「同情するなら……」って叫ぶのよ。しかも、かなり本気が入ってたわね。高校生になったばかりで気分が弾んでいるころでしょ。私も祐巳さんも財布のひもが緩んでいたのね。
 
(質問2、祐巳さんが紅薔薇のつぼみの妹になったときの感想)
 うっそだー(笑) いやいや、祐巳さんが祥子さまに憧れているってことは知っていたから「おめでとう」っていう気持ちもあるんだけどね、嘘だーーーってクラス全員が思った。最後まで信じられなかったのは、ひょっとすると祐巳さん本人かもしれない。
 最初は「どうしてあの子が?」って子もいたよ。それでも最後にはクラス全員が祐巳さんを祝福した。クラスには祥子さまファンもいたけど、その人たちが反感を持つってこともなかった。これは人徳ってやつじゃないかしら。
 
(質問3、二年後、紅薔薇さまになった祐巳さんを想像してください)
 わはははは。祐巳さんが紅薔薇さま! 真美さんだっけ? あなたは私を笑い死させたいのか! ……ひー、ひー。
 
 
 
証言その2。黄薔薇のつぼみの妹、由乃さん
(質問1、祐巳さんの第一印象は?)
 面白い子が薔薇の館に来たなと思ったわ。あとはそう、元気そうな子が来て助かったなという気持ち。ほら、私あの頃は体が弱かったじゃない。そりゃあ、今でも強いとは言えませんけど、学校を休みがち、なんてことはないものね。話がそれたって? そりゃ失礼。
(質問2、祐巳さんが紅薔薇のつぼみの妹になったときの感想)
 あまり大きな声では言えないけど、祥子さまってときどきヒステリーになる。気性の激しい祥子さまにはぼんやりした、って言い方悪いけど、祐巳さんが似合うんじゃないかな。実際、祥子さまも最近は大分お優しくなられたし。
(質問3、二年後、紅薔薇さまになった祐巳さんを想像してください)
 ということは、私も黄薔薇さまと呼ばれるようになっているわけだ。大丈夫か私? え?私のことじゃなくて祐巳さんのこと? なに、私はどうでもいいっていうの!
 
 
 
証言その3。クラスメイトにして白薔薇のつぼみ、志摩子さん
(質問1、祐巳さんの第一印象は?)
 明るい子がいらしたなと。祐巳さんが加わることで薔薇さま方ファミリーは賑やかになったと思います。白薔薇さまも祐巳さんをからかうという楽しみを見つけられ、よい表情をすることが多くなりました。祐巳さんには感謝しています。
(質問2、祐巳さんが紅薔薇のつぼみの妹になったときの感想)
 いつのまにか、すんなりと。紅薔薇のつぼみの妹になっていました。そうですね、とても自然体ということです。祐巳さんは考え方が柔軟だからかしら。私も見習わなきゃと思います。
(質問3、二年後、紅薔薇さまになった祐巳さんを想像してください)
 ふふ。今から待ち遠しいわ。
 
 
 
 インタビューをしていて、気づいたことがある。
 一、祐巳さんが薔薇さま方ファミリーの一員であることについて、不満をもっていたり反発している人はいない。
 二、祐巳さんは組織の(薔薇さま方ファミリーに対する言葉としては相応しくない)潤滑油として必要とされている。
 三、祐巳さんはみんなに信頼されている。
「よっ、やっとるかね新聞部」
 蔦子さんは断りもなく私のメモをのぞき込むと、ふふん、と得意げに笑う。
「少しは真美さんにも祐巳さんのよさが分かってきたかな」
 祐巳さんのそそっかしい部分だけに注目していた自分の狭い視野を反省する。蔦子さんの言うことはきっと正しい。けれど、なぜだろう。今日の蔦子さんは私のカンに障る。
「なんとなく分かってきた」
 蔦子さんは嬉しそうだった。思わず意地悪をしてみたくなるほどに。
「でも、薔薇さまとして一人で立つには、主体性が足りないわ」
「おっとこいつは厳しいご意見」
 困ったねぇ、と蔦子さんは見えない扇子で頭を叩く。
「反論はしないのかしら」
「わかってないなあ」
「なにが」
「私は真美さん自身に祐巳さんを理解してほしいのであって、私が祐巳さんのことをどうこう言いたいわけじゃないの。主体性がないのかどうかはインタビューの結果で真美さんが判断すればいいことよ」
 むかっと来た。言いぐさとは違って、蔦子さんは大いに私の判断に口出ししている。
「祐巳さんを取材しろとけしかけた当人が言う言葉かしら」
「友人を理解してほしいという気持ちが強く出ていることについては謝るわ」
 と言い残し、蔦子さんは私から離れてゆく。その後ろ姿を、私は親のかたきでも見るかのように見つめている。
 部室の扉に手をかけて、蔦子さんは何を思ったか、クルリと向きを変えて私に話しかけた。
「さっき、反論はしないのかと言ったわね」
 私は頭を振った。
「反論はした。『厳しい意見』だって。祐巳さんの友人としての私の気持ちよ」
 言葉の意味を私が理解する前に扉は閉まった。
「これが最後よ」
 という蔦子さんの言葉を残して。
 
 あれ以降、蔦子さんは新聞部に姿を見せなくなった。
 最後というのは祐巳さんを褒めることが最後ということなのか。それとも、新聞部に来ることが最後だということか。そうは考えたくない。と、そこで。ようやく、私は自分の気持ちに気づいたのだった。
 
 
 
 目の前にそびえる年季の入った木造住宅を見上げて、私は小さくガッツポーズをして気持ちを奮い立たせる。薔薇の館にはお姉様に連れられて何度も入ったことがある。今更、何を怖じ気づくことがあろうか。いや、ない。反語。
 勇気を振り絞って一歩進んだ私の後ろから聞いたことのある声が聞こえた。祐巳さんだ。
「薔薇の館にご用ですか」
「ええ。薔薇さま方にインタビューをしたいと思いまして」
「新聞部の……」
 どうやら名前は覚えていただいてないようだ。名前を告げると立ち話もなんですからと中へ通される。
 山百合会の部屋へ続く階段を上る途中、実はというと、私は祐巳さんが通りかかってくれたことに感謝していた。
 そこへ祐巳さんが話しかけてきたので、私は思わずみっともない声で返事をしてしまった。
「はいっ!」
「はいっ!?」
 まるで連鎖反応。私の声に驚いた祐巳さんがまた驚いて、どうやら平衡感覚が心許ない祐巳さんはバランスを崩しかける。私は一段飛ばしで階段をかけのぼり、倒れそうな祐巳さんを支えた。
「大丈夫ですか」
「はい。ありがとうございます」
 それから先は祐実さんが話しかけることもなく、無事に階段を上りきった。
 山百合会へようこそと扉を開けようとした祐巳さんを、どうしても気になったので押しとどめる。
「階段の途中で私に声をかけましたよね。聞き逃してしまったのでもう一度お願いできますか」
 私の言葉を聞いた祐巳さんの顔が紅潮した。はて、そんな恥ずかしいことを言われたようではなかったのだが?
 と疑問に思っていると、やがて観念した祐巳さんが答えを口にした。
「足を踏み外さないよう気をつけてください、と――」
 なるほど、そりゃ恥ずかしい。
 
 山百合会の部屋には薔薇さま方三名と、紅薔薇のつぼみがいらっしゃった。
「さきほど階段が騒がしかったようだけど」
 目ざとい。いや、耳ざといと言うべきか。館の前で逡巡していた私を救ってくれた恩もあり、祐巳さんに代わって私が答える。
「慣れない階段で、私が足を滑らせてしまいまして」
 ウィンクすると、祐巳さんは感謝しながら給湯室へ姿を消した。
「怪我はないかしら?」
「バランス感覚はよい方です」
 勧められるまま、紅薔薇さまの真向かいの席に座る。
 祐巳さんが入れてくれた紅茶を一口だけ頂いてから本題を切り出した。
「本日はリリアンかわら版の企画のため、紅薔薇のつぼみの妹に関するインタビューを行わせていただけないかとうかがいました」
 ふぇっ、と後ろから本人の情けない声が聞こえた。
「祐巳ちゃんに関するインタビュー? いまさらなんで?」
 と質問してきたのは白薔薇さまだ。
「いまだからこそできる話もあるでしょう。それに恥ずかしながら、ネタが尽きてしまいまして」
 薔薇さま方三人が揃って顔を見合わせた。
「あの部長がネタに詰まるなんてありえるの?」
「部長はただ今、おたふく風邪で休校しております」
 と私が言うと、なるほどと納得するお三方。
 築山三奈子さまだって、月の半分はネタが浮かばないと嘆いている。お姉様がいないとネタにつまると考えられたと思うと、内心忸怩たるものがあった。
「私は賛成。紅薔薇さまと黄薔薇さまはどう思う?」
「反対する理由は見つからないわ」
「いいんじゃない、別に」
 と薔薇さま方の意見は一致した。
「ありがとうございます。それでは祐巳さんと祥子さまは退室なさっていただけますか」
「なんですって」
 私の発言に、思いも寄らぬ場所から声が上がった。耳を突き刺すような甲高い声の主は、なんと紅薔薇のつぼみだった。
「祐巳に関するインタビューをするのにお姉様である私に出て行けというのかしら、あなたは」
「祥子さまには以前、祐巳さんについてインタビューしたことがありますから」
 あまりに近い人の話を聞いても、私が祐巳さんを理解する役には立たない、という理由で紅薔薇のつぼみはインタビュー対象外だ。
 だからといって、ヒアリング対象からお姉様を外すというのは不自然だ。ところが、紅薔薇のつぼみからは祐巳さんがロザリオを受け取った直後に一度、祐巳さんについて語っていただいたことがある。
 これが理由になってくれるだろう、との私の期待は次の瞬間にはあっさりと砕け散った。
「あなた、さっき言ったわね」
「は?」
 紅薔薇のつぼみから矢継ぎ早に飛び出す言葉のせいで、考えをまとめる暇がない。
 情けない声が出てしまったとしても、仕方ないでしょう?
「今だからこそ出来る話もあるでしょうと。ええ、ありますとも。以前の倍、いえ十倍は祐巳について語ってみせます」
「お姉様……」
 祐巳さんは熟したりんごのようにてれってれ。風邪をひいたんじゃない、というくらいに頬が赤く染まっていた。
 激した祥子さまは、いつも全校生徒の前で見せているお姿とは異なっていたけれど、そのまた違った迫力に私はたじたじだ。
 気圧されてしまった私は、それでは祥子さまも、の一言だって言えやしない。
「はい、そこまで」
 白薔薇さまが丸めた教科書で机を叩く。あっけにとられた私たちの隙をつくタイミングで紅薔薇さまが祥子さまを呼んだ。
「祥子」
「はい」
「暫く廊下で頭を冷やしていらっしゃい」
 まだまだ言い足りない、そんな様子の祥子さまは悔しさに震えながら部屋を出て行った。
 紅薔薇さまは扉が閉じたことを確認すると、私に向き直る。
「ごめんなさいね。祥子は時々短気を起こしてしまうのよ」
「お気になさらず」
「ありがとう。そうそう、インタビューの話だけど、祥子も加えていただけるかしら」
「構いません。私も祥子さまのお話を聞きたくない、というわけではありませんから喜んで」
 それにしても、ほとぼりが冷めてしまえば、さきほどの祥子さまは、なんというか。可愛かった。蔦子さんなら喜んでシャッターを切るに違いない。
「にへへぇ」
 なんて緩んだ顔のままの祐巳さん、その背後に白薔薇さまが回り込む。何をするのかと見守っていたら、がばっと抱きついて、胸のあたりを、その。
「ぎゃーす!」
 椅子から飛び退いた弾みでお腹を机にぶつけて、うずくまる祐巳さんだった。ホント、見ていて飽きない人だ。
 
 
 
「こんなところかしらね」
 ほぼ完成品のゲラ原稿を遠くに置いたり近くに置いたりして、私は出来栄えを確かめた。薔薇さま方の許可は既に頂いているから、あとは印刷するだけだ。
 部室の時計で時間を確かめると六時すこし前だった。申請書は出しているから9時まで居残れるけど、善は急げ。私は原稿を片手に部室を飛び出した。
「あら」
 ほぼ同時に隣の写真部から飛び出した蔦子さんと鉢合わせる。
 気まずい気持ちで顔を逸らす、それが悪かった。注意力の欠けた私から、蔦子さんはあっさりと原稿を奪い取った。
「ほーー。なるほどなるほど」
 奪い返そうとする私の手をかいくぐり、蔦子さんは原稿を読みあさる。結局、蔦子さんが読み終わるまで原稿を取り戻すことはできなかった。
 暫くして原稿を私に返した蔦子さんは、ずいと私に近づいた。いつになく真面目な顔に私はごくりと息を飲み込んだ。
「原稿が出来上がったということは、結論が出たということでいいのかな」
「ええ。あっています」
「それじゃあ聞かせてもらおうか。真美さんの祐巳さん観はいかに」
 ドジな人で、お姉様想いで、みんなから親しまれていて、今では立派な白百合会のメンバー。それらを一言で表すとするならば、これだ。
「薔薇さまになるには、まだまだね」
「それが真美さんの結論か」
 はははと蔦子さんは笑う。
「そうよ」
 私もつられて笑っていた。
 
 笑いが収まった頃には、私たちはいつもの私たちだった。
「原稿もう一度見せてくれる?」
 私が返事をする前に、蔦子さんはまたしても原稿を奪い取った。
「ちょっと、返してください!」
「待った待った、何かが足りないような気がするんだよね。そうだ、麗しの白百合会を飾る写真がないからだ!」
「当たり前でしょう。そもそもあなたが部室に姿を見せないから、やむなく文字だけの新聞になってしまったんじゃない」
「まあ、そう言わないでくださいな」
 蔦子さんはポケットから数枚の写真を撮りだした。どうやら、私にくれるということらしいのでありがたく頂戴する。
 写真に目を通した私は、エサを待つトリの雛よろしくあんぐりと口を大きく開けた。
 祐巳さんに抱きついて上機嫌の白薔薇さま。
 紅茶を片手に優雅なたたずまいの紅薔薇さま。
 頬杖をついてアンニュイな表情のと見せかけて、祐巳ちゃんと比べてうんぬんと孫である由乃さんを言葉でいびっている黄薔薇さま。
 どれもこれも、私がインタビューしている最中に撮られたとしか思えない写真だった。
「蔦子さーーーん?」
「何かしら? 般若みたいな面でしてよ」
 蔦子さんは満面の笑みだ。こ憎らしい。
「どうしてくれるのよ。こんな写真見せられたら原稿を直すしかないじゃない!」
 言うが早いか、私は蔦子さんの腕をがっしりとつかまえた。
「へ?」
 有無を言わさず蔦子さんを部室に連れ込む。
 灯りを付ける時間も惜しい。私は暗闇の部室をずんずんと突き進んだ。
「そこのプリンタ立ち上げて!」
 事情を分からないながらも部屋の電気を付けた蔦子さんに指示を飛ばす。
 私はパソコンを立ち上げた。うぃーん、がたがたがた。えーい、このオンボロめ。ウチのパソコンはもっとしゃきっとしているぞ。
 立ち上がったことを確認してからデスクトップに保存した原稿ファイルをダブルクリック。
「夕方遅くに渡した私も悪いけどさ、修正するのは明日でもいいんじゃない?」
「駄目よ」
「なんで?」
 リリアンかわら版は基本的に不定期発行だから、そう思うのも無理はない。
 しかし、今回だけは切実な理由があった。
「明日にはお姉様が帰ってくるからよ。戻ってきたらきっと『ありきたりの新聞を読者が望んでいると思って』とか言って、記事を差し替えるに決まってるわ」
「確かに三奈子さまならやりかねない」
「やりかねない、じゃなくて、絶対にやるの!」
 これでもあの人の妹を一年務めてきたのだ。思考回路は把握している。
「それで、私の役割は?」
 蔦子さんまで残る理由は実を言うとないのだが、ちゃんと残ってくれるあたり律儀な性格だ。
「レイアウトの確認と印刷の手伝いをお願い」
 締切間際でレイアウトを変更するのだ。自分では大丈夫と思っていても、ひとから見れば雑になってしまっているかもしれない。
 印刷も決して楽な仕事ではない。用紙が切れたら用務員室からコピー紙を持ってこないといけないし、トナーが切れたら以下略だ。何よりも恐ろしいのは、締切前にコピー機が紙詰まりをおこすこと。一人でいるときにそんなアクシデントが起こったら、パニックを起こして間に合う印刷も間に合わなくなってしまう。
「了解。バイト代は弾んでくれるのかな?」
「印刷前の生原稿を読んだでしょ。それが報酬よ」
 
 かくして、山口真美編集のリリアンかわら版一号は写真部エースの助けを借りて、下校時間までにはなんとか刷り上がったのだった。
 

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