「たまにはのんびりと、月明かりの下で桜を見ながら飲む酒もいいもんだよね」
九鷲は空を見上げながらそう呟いた。
ここは小高い丘の上。
天頂には月がその全ての姿を現して浮かんでいる。
数本の満開に咲いた桜の木々の下には人の姿が見え、そして・・・そこより離れた斜面にも。
「ねえねえ、殷雷。あそこなんかいいんじゃない?」
和穂は、満開の桜が咲き誇る小高い丘の上を指差しながらそう言った。
「そうだな。宝貝の使い手まではまだ距離もあるし、今日はあそこで休むか」
歩いてきた街道から外れ、二人は丘の上へとやってきた。
「わあ。すごいね。こんな綺麗なところは久しぶりだよ」
月明かりの中に浮かぶ幻想的なその風景は、仙界にいた時にはどこにでも見られた。
しかし、人間界に降りてきてからは滅多に見ることはない。
そんな景色に和穂は見入っている。
暫くの間そうして眺めていた和穂は、ふと口を開いた。
「ねえ、殷雷。みんなにも見せてあげようよ」
「ん、ああ。別にいいんじゃねえか」
殷雷がそう言うと、和穂は断縁獄を手にしてその中にいるものたちを呼んだ。
「恵潤刀。深霜刀」
「げっ。深霜も呼んだのか?」
深霜の名を聞いて、殷雷は背筋に冷たいものが流れる気がした。
「えっ。だめなの」
「当たり前だ。あいつなんか呼んだら・・・」
しかし、刻はすでに遅く、深霜は殷雷へと抱きついてきた。
「あ〜ん、殷雷。私が恋しくなったのね」
「く、来るな〜」
「まって〜、殷雷」
深霜をはがし駆け出す殷雷を、深霜は追いかけていった。
それを見ていた和穂に恵潤が聞いてきた。
「どうしたの、和穂。何か用事?」
「あっ、恵潤さん。ううん、特に用事ってわけじゃないんだけど。
ここがとっても綺麗なんで、みんなにも見せてあげたいと思って」
恵潤はぐるっと辺りを見回した。
「へえ。人間界にもこんなに綺麗なところがあったなんてね。
いいんじゃない。みんなも断縁獄の中で退屈しているから、いい気晴らしになると思うよ」
「うん。じゃあ、呼ぶね」
「静嵐刀。塁摩杵。流麗絡。綜現台。豪角刃。九鷲器」
そして、7つの影が飛び出してきた。
「わあ〜。きれいな所だね。あれっ、ねえ和穂、殷雷と深霜は?」
和穂のそばにいるはずの殷雷と先に出ていった深霜の姿が見えないので、
きょろきょろ辺りを見回しながら静嵐は和穂に聞いた。
「えっと。あっ、あそこを走ってるよ」
「楽しそうだな〜。僕も混ぜてもらおうかな?」
その光景を見て何か勘違いをした静嵐に、
「すきにすれば。ねえ、和穂」
「あっ、うん。そだね」
恵潤はそう言い、和穂はそう答えた。
「まってよ〜。殷雷。深霜」
そして二人を追いかけるように静嵐は走っていった。
「殷雷も大変ねぇ〜」
恵潤はそれをみて可笑しそうに笑っている。
「あっ。和穂。きれいなとこだね、ここ」
そこへ、塁摩が辺りを見ながらやってきた。
「そうでしょ。塁摩にも見せてあげたくて」
「うん。ありがと〜。断縁獄の中ってあんまり変化がないから、いいかげん退屈してたの。
殷雷ちゃんたちもなんか楽しそうだね」
「そ、そうなのかな?」
「そうだよ。・・・あっ、綜現。こっちこっち」
流麗と一緒にいる綜現を見つけた塁摩は、綜現を呼びつけた。
「和穂、久しぶりだね」
「うん。綜現君も流麗さんも元気そうだね」
「・・・何、和穂。私と綜現の邪魔をするために呼び出したの」
自らの前に綜現を抱えるようにして流麗と綜現がやってきた。
「ちがうちがう。そうじゃなくて。
綺麗だから流麗さんと綜現君にも見せてあげようと思って」
「そうだよ、流麗さん。さっき塁摩にも話してたじゃない」
「・・・知ってるわよそんなこと。聞こえていたもの。
そんなことより綜現は和穂の肩を持つのね。きぃー、く・や・し・い・わ」
「痛い痛い。流麗さん。私の頭をぐりぐりしないでー」
和穂の頭を拳で挟んでいた流麗は、綜現と塁摩がいっしょに辺りを見ているのに気づき、
さらに拳にかかる力を強めていった。
「いたいよ〜〜。」
「流麗のお嬢さん。そのくらいで勘弁してやってはどうですか。
和穂も泣いているじゃあないですか」
「・・・豪角。別に私は和穂を泣かせているわけではないわ。
私と私の綜現の間を邪魔する和穂を、ほんの少しからかっていただけよ」
そう言って流麗は和穂から手を放し綜現の側へと行ってしまった。
「ありがとう、豪角。助かったよ」
「いやぁ、別に礼なんかあいらないよお。それにしてもきれいだなあ」
「そうでしょ」
「これだけの花があれば、さぞ切り刻みがいがあるだろうなあ」
豪角は指をシャキンシャキンいわせて呟いた。
「だ、だめだよ。豪角」
「そうかあ。ざんねんだなあ」
「やあ、和穂。久しぶり」
「あっ、九鷲」
「いいとこだね。うん、実にいい。月見ができて花見もできる。
とくれば、あとはおいしいお酒しかないね。
和穂も目のつけ所が良くなったんじゃない。いい酒飲みになれるよ」
「べ、別にそんなことは考えてなかったんだけど・・・」
「いいって、いいって。ちょっと借りるよ」
九鷲は慌てて否定する和穂の手から断縁獄を取り上げると、
中から杯や酒壷を取り出して周りに並べ始めた。
「ねえ、恵潤。一杯やらない?」
「おっ、いいね。もらうよ」
「さあ、どれがいい。いろいろあるよ。ちなみに私のおすすめは、九鷲酒。どう?」
九鷲は、九鷲酒と書かれた壷を差し出しながら恵潤に勧める。
「いや・・・それは後の楽しみにとっておくよ。
まずは、口当たりのさっぱりしたのがいいかな」
「そうかい。じゃあこれなんかいいよ」
「なら、それにする」
九鷲は嬉しそうに恵潤の手にした杯に酒を注いでいる。
「おおう。いいねえ。俺ももらうよお」
「おっ、豪角はどれがいい?」
「九鷲酒以外なら、どれでもいい」
と答えた豪角に、九鷲はこめかみをひくひくさせながら、
「な、なんでかなぁ、ご・う・か・く?」
「ありゃあ、酒じゃあない。毒だ」
豪角がそう言い終わる前、既に九鷲は動いていた。
豪角の懐に潜り込み、全身のばねを使いその顎に拳を叩き込む。
天高く舞い上がった豪角は引力に導かれるままに落ちてきて、
どさっという音と共に丘の中腹に埋まりそのまま動かなくなった。
(・・・・・・気をつけよう)
地面に埋まる豪角を見て、恵潤、塁摩、流麗、綜現、和穂の5人はそう心に誓った。
「まったく、失礼しちゃうわね。ふん」
そこへ、片腕に深霜をしがみつかせ逆の手に静嵐を引き摺りながら殷雷ら刀三人が帰ってきた。
「おっ、酒か。九鷲、俺にもくれよ」
「あっ。私にも」
「僕もー」
「ああ、いいよ。どれがいい」
「俺はこれがいいな」
「私はそれ」
「僕は・・・どれがいいかなー」
「静嵐、迷ったときはこれが一番。私のおすすめ、九鷲酒」
そう言って、九鷲は九鷲酒と書かれた壷を静嵐に見せた。
「えっ、それって毒じゃないの」
刹那、九鷲は静嵐の体へと己の拳を叩き込む。
静嵐はその身を天空へと舞い上がらせていき、そのまま豪角のいる地点めがけ落ちていった。
そして数度ひくひくと痙攣をしたのち、動かなくなった。
「まったく、みんなして九鷲酒を毒扱いして。あんた達もそう思っているの?」
怒りに拳を震わせながら九鷲は、じとーっとした顔をして聞いてきた。
その場にいた7人はぶるんぶるんと大きくかぶりを振り否定した。
「そ、そんな訳無いじゃない。ねえ殷雷」
「あ、ああ。深霜の言う通りだ。なあ恵潤」
「そうよ。そんなことないわ。ただちょっと・・・人を選ぶってゆうか。
ねえ、流麗もそう思うでしょ」
「・・・そうね。とてつもなく二日酔いになりにくい体質で強靭な精神の持ち主なら、
もしかしたら少しは飲んでもいいかなって思うかもしれないわね。
あなたたちもそう思うでしょ」
そう聞かれ、和穂、塁摩、綜現はうんうんと肯いた。
「・・・・・・まあいいわ。なんか納得できないけど」
(仮にも武器の宝貝である静嵐をいとも簡単に倒すとはな。
九鷲酒を毒扱いするのは止めておこう。
俺達でも、もしかしたら塁摩でも敵わぬかもしれんしな)
殷雷はふとそう思った。
そして宴が始まった。
酒を飲み、料理を食べ、久しぶりに会ったものたちはその再会を喜んでいた。
和穂と殷雷は旅の途中であった出来事を、断縁獄の中にいた者たちは中での生活や出来事を。
尽きることなく話し続けていった。
しばらくして・・・。
「へへへ〜、ひ〜ん〜ら〜ひぃ〜〜」
和穂が真っ赤な顔をして殷雷に抱き着いてくる。
それを見た深霜も負けじと抱き着いてきた。
「いんらい〜。わたしも酔っちゃったみたいなの〜」
「殷雷。もてもてね。鼻の下がのびてるんじゃないの」
じとっとした目をして聞いてきた恵潤に、殷雷は必死に否定する。
「け、恵潤。ち、違う。こいつらが酔っぱらって。
って深霜、お前そんなには飲んでなかったろうが。
それに武器の宝貝であるお前がそう簡単に酔っ払うわけがなかろう」
「ちっ、ばれたか」
「おい、九鷲。お前、和穂にどれだけ飲ました?」
「えっ。そんなに勧めてないよ。
塁摩と一緒にいたし、少ししか飲まないと思ったから」
殷雷たちは塁摩のいるほうを見た。
そこには、空の壷に埋もれて真っ赤な顔をして眠っている塁摩がすやすやと寝息を立てていた。
「あちゃ〜。あいつは〜。あれでも兵器の宝貝なんだから、もちっと考えて行動しろって」
「まあまあ。いいんじゃないの。その塁摩がああなっても安全だと判断したんだし。
実際、私たちにも危険は感じられないんだから」
「恵潤の言うとおりね。状況分析能力は私たちより高いわけだし。
危険が迫れば塁摩も起きるでしょ」
「まあそうだが・・・。九鷲、とりあえずこの酔っ払いを何とかしてくれ」
「しょうがないわね。ほら和穂、しっかりしなさい」
そう言いながら九鷲は和穂を抱き起こした。
「あっ、きゅうひゅう。らいりょうるよ。わらひは」
九鷲は手にした杯の中身をを酔いを覚ます成分の入った液体へと変化させ、
赤い顔をして全然回っていない舌で答える和穂に勧めた。
「ほらっ。これでも飲んで寝なさい」
「ああっ、それわ、きゅうひゅうひゅ!?まひゃか、わらひにもるの」
そして、和穂の体は宙を舞った。
三度放たれた九鷲の一撃に吹っ飛ばされ天高く舞い上がったのち、先の二人の上へと落ちていく。
そしてそのまま眠りに落ちていった。
「確かに、寝たな」
それを見た殷雷は、ぼそっと呟いた。
「殷雷、深霜、九鷲。私もそろそろ寝るわ」
「あっ、じゃあ私も」
「なら、俺が起きて見張りをしていよう」
「あ、殷雷。あんたも寝てていいよ。私が起きてるから」
「いや、九鷲だけだと何かあったときに・・・」
「だいじょうぶだって。そのときにはすぐに起こすから。
殷雷も寝たほうが酔いが覚めるでしょ。
それに幸せそうに眠る顔を見るのは好きなんだ」
「そうか。なら頼む。が、俺の顔はみるなよ」
「じーーっくり、見させてもらうよ」
「けっ、言ってろ」
「ははは、おやすみ」
「ああ」
そうして夜は静かに、いや、酔っ払い達の寝息と共に更けていった・・・。
「たまにはのんびりと、月明かりの下で桜を見ながら飲む酒もいいもんだよね」
九鷲はひとり空を見上げながらそう呟いた。
徳利の宝貝としての役目を果たせた喜びをその胸に抱いて。
ここは小高い丘の上。
天頂には月がその全ての姿を現して浮かんでいる。
数本の満開に咲いた桜の木々の下には人の姿がちらほら見え、そして・・・そこより離れた斜面にも。
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殷雷たちがいる場所から死角になる樹の陰では、
「・・・ふふっ。私のかわいい綜現。ゆっくりおやすみなさい。
誰も私たちの邪魔をするものはいないわ」
流麗は自分のひざの上に赤い顔をして眠る綜現をのせ、静かにその髪をなでていた。
おしまい。
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続・寸評
刀4人が出揃った頃に書いたような気がします。
友人と酒の席で、九鷲器は酒が絡むと武器より強くなりそうっていうような事を話してた気が・・・
しかし、文章にするのは難しいですね。
初めに書いていたものからは、かなり修正したんですけど・・・
自分の中では完全に映像化されているんですけどね。