スチャラカもくれんタマスダれ
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プロローグ

上層部からも見捨てられ、独りで立ち向かうしかなかった
左方天詳は
『完全なるディレル』
との戦いの後に何を思ったか?





『ディレルの抹殺を決意する左方天詳』



 是非もない。私は懐に忍ばせてあった銃を取り出した。
恐らくは、先ほどが唯一ディレルを穏便に消去出来た機会だっただろう。
しかし、南方君と言ったか。彼がディレルに騙されてその機会を潰してしまった
からには、私の取るべき道は一つだった。そう、懐に隠してあった拳銃だ。
弾の残存、ロックの解除を確認して銃口をディレルへと向ける。

 私が銃を抜いたことは、その場にいる誰もがすぐに認知した。
南方君が、北浜君が血相を変えて私の居る方向へ走り寄ってくる。
彼らへの慚愧の念に捕らわれながらも、ディレルの頭部に標準を合わせた、
その銃把を引く。だが、南方君の体当たりで弾はディレルに命中さえしなかった。
 私は崩れた体勢を立て直そうともせず、ただただ標準を合わせる事に終始する。
そんな私に南方君が、そして北浜君までが飛びかかってくる。駄目だ!
ここでディレルに情けをかけてしまっては!



『一週間後 聴覚魔術の本家を訪ねた左方天詳』



「左方天詳、ただ今戻りました」
 あの事件が終結して一時間後。それまで所在さえ判らなかった上層部は、
あっさりと私の電話に応じてきた。
私がディレルを消去した旨を伝えても相手の声に感情の揺れはなかった。
恐らくは天山が連絡していたのであろう。
そして、彼らは無機質な声のまま、私に事件の報告をする為、
本家に来るよう伝えてきたのだった。

 そして、彼らは今、私の目の前にいた。『完全なるディレル』
この言葉に怯え、姿を隠し、そのせいで私は兄弟弟子の力を借りることすら
出来なかったのだ。ディレルの消去という我が一族の責務を放棄し、
しかも、聴覚魔術に対しては中立を保っていた味覚魔術の使い手、
天山を引っ張り出すというその傲慢さ。
 前々からこの上層部の性質には許せないものを感じていたのだが、
現在の私は、組織の改革、それを胸に秘めこの場所へと足を踏み入れていた。

 誰が見ても、普通の落語家道場。昨今の落語の人気低下、
不況の煽りを受けて、改築もままならないその佇まいから、
ここが聴覚魔術の本家であると理解、あるいは推察出来る人間はいないだろう。
寂れているのは痛ましい限りだが……。
「では天詳、事件のあらましを伝えて貰おうか」
 内心の義憤を押し殺して用件のみを伝える私。
黙って耳を澄ましている上層部。沈黙が辺りを支配していた。
やがて、説明するべき事は言い終える。
そのまま畳みかけるようにして私は口を開き……。



 私は廊下に憤激をぶつけるように踏み叩きながら廊下を歩いていた。
恐らく、私の顔は険悪に歪んでいたのであろう。
『東北にパウ・ディレルの写本が発見されたとの情報があった。
お前はその情報の真偽を確認し、真実ならそれを消去するべし』
 冗談もいいところだ。あの本が複製出来る程度のものだというならば、
私たちがディレルの消去にこんなにも苦労することも無いだろう。
よりにもよって、嘘と見え見えの命令でもって私を飛ばそうとするとは。
子供だましもいいところだ。そう憎々しげに思っている私の耳に、
廊下に面する一つの部屋から聞き覚えのある声が入ってきた。
「おい、どうしたんだよ、そんなに怖い顔をして」
そういって笑うそいつは……
「ユゲ! どうしてここに? 怪我はどうしたんだ!」
 ノロンジの使い手、すなわち触覚魔術の使い手であり、
私の友人の一人でもある、ユゲ・ビブルオックス、その当人だった。


『同時 奇跡の回復を遂げた、ユゲ・ビブルオックス』



 天詳があんぐりと口を開けて惚けた面をしている。
まあ、無理もないだろう。俺はチャーリー・ディレルとの戦いで
四、五ヶ月の重傷を負ったと聞いていたんだろうしな。
「まあ元々二、三ヶ月の怪我だったんだよ。
俺たちは格闘家だから、少々の怪我にも慣れているし、
それに、流石に暫く仕事する気にもなれなかったので少し長めに申請したのさ」
「それでもまだ一ヶ月ほどしか経過していないだろう?」
 ま、尤もな質問だ。幾ら俺が格闘家で触覚魔術の使い手と言っても
これだけの期間で回復するのは幾ら何でも不可能ってやつだ。
「ああ、それなんだがな。どこからか天山って奴が来てな。
麻酔が覚めた時には全快していたんだよ。
 厳つい日本人が突然『素晴らしい腕をお持ちのお医者様です』
と紹介されたんだからなあ、驚いたのなんのって。ん? どうしたんだ天詳」
「いやな、私も天山さんを知っているんだよ」
 そう言って、天詳はディレル戦後の天山の手術を
身振り手振りを交えて、興奮冷めやらずといった感じで
一挙一動漏らさず説明してくれた。
 確かに、素晴らしい手際だ。それに、あの調味魔術の使い手とはな。
だが、俺は素直に感心できなかった。もしかして、俺もそんな現代医学を
馬鹿にしたような奇天烈な手術を受けたのだろうか? そう思ったからだった。

「ふうん、で、天詳お前はどういった理由で足を踏みならして歩いていたんだ?
いつものお前らしくないぞ」
 天詳はこの質問を待ち望んでいたように、上層部に対する不満を俺に
うち明けてくれた。腹蔵無く話してくれるそのこと自体は嬉しいが、
ここはその上層部のお膝元なんだよな。危険すぎるぞ、おい。
いつも落ち着いたこいつにはどうも似つかわしくない言動だった。
「で、どうするんだ、その命令は」
 そんな俺の質問に天詳は、
「いや、命令は受けざるを得ないだろう。
万が一そんなものが存在していたとしても、
ディレルを生み出す事が出来るという可能性は
それこそ大海に一粒の砂を捜すようなものだが、
真実であったときは捨て置くことは出来ないからな」
 こいつはお堅い奴だよ、全くな。だから、俺はこう返事したんだ。
「そうか、もし本物だったらどう確かめる?
ディレルが生まれていたならともかく、中身を見ないと確かめられないだろ?
 つまり、お前以外にも一人、魔術師が必要なわけだ。
だから、俺もついていってやるさ。
もし俺がディレルに取り憑かれたらお前の言葉で治してくれよな」
 言い終えてウインク一つ。相手が可愛いお姉さまじゃないのが残念だがな。



『四時間後 京都のホテルについたユゲ・ビブルオックス』



 あの後、俺たちは手早く身支度を整えてから、最寄りの新幹線の駅に集合した。
とはいっても、俺は元々旅行中だったため、身支度を整える必要があったのは
天詳一人だったんだがな。
「さてと、まあ休暇だと思って気楽に行こうぜ。
天詳お前だって、ディレルとの戦いの後、取って然るべき休暇だってまだなんだろ?」
 お前は気楽でいいよな、そう言っている天詳の瞳を無視して、
俺たちは新幹線に乗り込んだ。くふふ。今の時間なら京都で一泊だな。

 新幹線に揺られること一時間。俺たちは降り立った京都駅その近郊で
晩飯を食べた後、京都駅に戻り、駅にあるカウンターで旅館を適当に選び、
タクシーでその旅館へと足を向けた。
 ついて見れば、パンフレットに比べて大分見劣りしていたが、
まあパンフなんてそんなものだし、一々腹を立てていたら海外旅行なんて
出来やしないのだ。

 部屋に入って、俺たちは浴衣に着替える。
「うーん、何度来てもこの浴衣ってやつは風情があっていいねえ。
これで、褌も履けると更に日本情緒を感じられると思うんだが、どうだ天詳?」
「日本文化を曲解してないか、ユゲ。
 それにもしかして、私なら頷くだろうとも思っているのか?」
「うん。天詳なら似合うと思うんだがなあ……」
「まあ、褒められたと思っておこう。ユゲ、俺はこれから風呂に行くが、
お前はどうする?」
「ああ、先に行っててくれ。俺はもうちょっとゴロゴロしていたいから」
「全く。私の方がよっぽど疲れているんだぞ」
 如何にも私は疲れているんです、と言わんばかしに溜息を一つ吐いてから
天詳は部屋のドアノブの握った。

 天詳が部屋の外に消えたのを確認してから俺はフロントに電話をかける。
「あのー、済みません。403号室ですけれども…………」



『四十分後 部屋の有様に驚愕する左方天詳』



 風呂はいいものだ。不満や不平など、負の感情を洗い流してくれる。
いつもよりゆっくりと湯に浸かった私は、すっかりふやけた体を
脱衣場の冷えた空気でシャキッとさせる。すると、視界の端に体重計が引っかかった。

 結果は言いたくない。ユゲにつられてカロリーの高いものを
食べたのが原因なのだろう。明日はユゲのペースに嵌らないようにしようと思った。
 湯冷めしないうちに、と急いで廊下を渡って自分の部屋へと戻る。
ドアを開けたそこは、別世界になっていた。
風呂に向かう前と同じく和風ではあるのだが、落ち着いた雰囲気は
空の彼方へと旅立ってしまったように私には感じられた。
私が目にしたものがどんなものだったのかというと…………。

 部屋には三味線を手にした和服姿の女性たちによる雅楽が流れ、
左右にはその音楽と共に優雅に舞う舞妓さん。
そしてユゲは一人の芸者さんに膝枕されながら、真正面の水芸を眺めていた。
 ユゲは芸者さんに耳掃除をしてもらいながら気軽に声をかける。
「おー天詳、ほらお前も楽しめよ」
 その一言で、動きを止めた私の思考回路は再び動き出した。
こ、こいつは何をしているんだ!
「ユゲ、お前はどうして、こういった奴なんだ!」
「あれ? もしかしてお金の事気にしてるの?
大丈夫だって、俺が前払いしているから。ねー♪」
 ユゲの脳天気な声に、芸者一同が唱和して答えを返す。
 一人一人をよく見てみれば、全員そろってまだ若い。二十歳代だろう。
後継者不足で悩んでいるはずのこの業界からどうやって
こんな若い奇麗どころを集めてきたんだ?!
 戸惑う私に、一人の芸者がしなだれかかってきた。
悲しいかな、男の性か顔がにやつきそうになってしまう。
「ねえ旦那、折角なんですから楽しみましょうよぅ」
「いや、私はこんなつもりではなく、……」

…………。気がつけば、私もユゲ主催の宴に巻き込まれていた。

「畜生ぅっ! あいつら、俺たち下っ端をいいようにこき使いやがって、
いざと言うときは逃げ出すんだからなあっ!」
「そーだそーだ、もっと言ってやれ!」
「おいユゲ、ちゃんと飲んでるかぁ? 俺の酒が飲めないなんて言わないよなあ!」
「おいっす。飲んでる飲んでる! っははははっは!」

こうして、狂乱の夜は更けてゆく…………

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