スチャラカもくれんタマスダれ
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 同居生活にあたって決めるべき事は幾つかあった。
そんな中の一つは、各自の部屋割りである。この家では、俺の部屋、名雪の部屋、
秋子さんの部屋、そして何処へともなく去っていた真琴の使っていた部屋。
この4部屋を居住空間として使うことが出来る。
 二階にある3部屋は、ほぼ変わりない作りをしている。
ベランダへと続くドア。タイル張りの床。俺と名雪の部屋には他に窓も付いている。
採光性はいいのだろうが、冬は寒くてならない。
 ただ、一階の秋子さんの部屋は別だ。部屋の大きさ自体も、二階の部屋より
幾分狭くなっている。秋子さんらしい部屋割りだった。あと、この部屋にも
採光性を考えてだろう、大きな窓が取り付けられている。
 俺、そして名雪は自分の部屋を譲るつもりはなかった。
名雪はもとより、俺は短い間とはいえ住んできて愛着も湧いている。
とすると残りは、真琴の部屋と秋子さんの部屋になるのだが・・・。

「じゃあ、あたしはこの部屋にするわね」
 さも当然の様に部屋を決めて入ってゆく香里に向かって北川は不満たらたらだった。
「ちょっと待て、俺もこの部屋がいい。
この広いスペース、景色を見渡せる大きな窓。これぞ俺の住処に相応しい!」
 ・・・いつもながら大げさな奴。
 しかし、あの香里がそんな言葉で動くと本気で考えているんだろうか、こいつは?
そうこうしているうちに、北川は香里の耳元に顔を近づけると、
『・・・、・・・・・・』
 声が小さくて、俺たちには届かなかった。
「分かったわよ、じゃあ私は下の部屋を・・・
待ちなさい、やっぱりここは譲れないわ」
 香里の表情に一瞬諦めの表情が表れたが、一転して堅い顔つきに戻った。
ますます俺たちには訳が分からない。
「じゃあ、香里と俺とでここを一緒に使おう。これで誰も文句無いだろ?」
「大ありよ。あんたと同じ部屋じゃ歯ぎしりで寝付けないでしょ」
「お、俺は歯ぎしりなんてしないぞ」
 話が違う方向に逸れてしまいそうだったため、俺は二人の仲介に回った。
「それじゃあ、ジャンケンで決めたらどうだ?」
 我ながら陳腐、しかし素晴らしいアイディアだと思ったのだが、
二人はそう取らなかったようだ。それっきり睨み合って事態は
一向に収束を迎える様子はなかった。

 結局、その日は北川が俺の部屋で寝ることで決着することとなった。



 俺の部屋は前にも言った通りに決して狭くない部屋なのだが、
そこに二人いるとなると話は別だ。
 風呂を出た後、北川と牛乳の一気のみ競争で俺が勝利を収めた後、
呆れる女性陣をよそに俺は自分の部屋へ戻った。北川もついてきていた。
 漫画を読むなどして適当に時間をつぶす。もうそろそろこいつにも飽きてきたな。
明日にでも本屋に行って新しい本を買ってこよう。

 真夜中になって、ようやく俺たち二人は部屋の電気を消した。
寒さから逃げるかのように俺はベッドに、北川はその横に敷いた布団に潜り込む。
今日も疲れた。俺はさっさと目を閉じて寝ることに専念しようとした。

「なあ、北浜起きてるか?」
「・・・ああ。どうかしたか?」
 話があるなら昨日の内に済ませておけばいいものを。
近頃の寝不足で、俺は不機嫌だったのだが、北川のいつになく真剣な声に
必死で頭をはっきりした状態におこうとした。
「部屋の割り振りだけどさ・・・このままじゃ駄目か?」
「お前は、俺だけに不便な思いをさせる気か」
「違う違う、ちゃんとした訳もあるんだぜ。
 幾ら何でも男の俺が秋子さんの部屋を使うわけにはいかないだろ?」
 ううん、確かにその通りだが。
「それなら、ふあぁ、香里が秋子さんの部屋を使えばいいだろ」
 香里は几帳面そうだし、こいつと違って部屋が汚れることもないだろう。
「馬鹿か、お前。 ・・・それとも本当に気付いてないのか?
 確かに俺よりはましだろうさ。でも、水瀬さんはどう思うかな」
 ・・・やっぱり疲れていたらしいな。全然気付かなかった。
香里でも、やはり秋子さんの部屋から秋子さんの気配が消える事に変わりない。
「済まないな、気付かなかったよ」
「やっぱりな。お前、疲れてるんだよ。
これからは俺たちもいるんだから、頼ってくれよな。家族、だろ?」
 ・・・家族、か。懐かしい言葉だよな。
「宜しく頼むぜ、北川」
「ああ、お互いにドジ踏まないようにしようぜ」
 そして俺たちは、堅い握手を交わした。
これからの困難を、みんなの力で越えていこう、そう誓って。



 そうして、部屋の割り振りは決まった。
北川が持ってきた荷物は幸いにも必要最低限のものだけで、
俺の部屋は荷物に占拠される事態を免れることとなった。
 一度香里の部屋を覗いてみたが、いつの間にか新調されたタンスで埋まっていた。
これが、男と女の違いというやつだろうか。
 そんなごたごたで大体一週間程、またまた忙しい日々が続いた。
それでも、天は俺に安息を許してくれないらしかった。
漸く落ち着いた日の午後、一通の俺宛ての手紙が水瀬家に配達されていた。
送り主は、俺の両親だった。



『祐一、元気にやっているか。こちらはみんな、といっても私とお母さんの二人だが、
怪我も病気もせず、うまくやっている。
 さて、あまり長い手紙を書いてもお前は読みもしないだろうから、早めに用件に
入ろうと思う。まあそう怒るな。
 秋子さんがお亡くなりになったそうだな。あの人は本当にいい人だった。
お父さんとお母さんの結婚の時も応援してくれた。
結婚できたのもあの人のお陰と言ってもいいだろうな。
 ああすまん、本題からずれてしまった。つまりだな、秋子さんの娘さん、
名雪ちゃんとか言ったよな。彼女を家で預かろうと、つまり養子にしようと思ってる。
ついては、お前もついでに戻ってこい。
 まあ、色々と考えることもあるだろうから、一週間の猶予を与える。
その間に準備を整えておいてくれな。 父より』

 そんな文面を四人で覗き込んでいた。いつもながら、急な事が好きな親父だ。
それに、自分の考えたことを断りも無しに息子に押しつける性格も
相変わらず直っていないらしい。これでエリートだっていうんだからなあ。
 そんな物思いに沈んでもいられない。何しろこの手紙は・・・。

「おい北浜、どうするつもりだ?」
「決まってるだろ、追い返す」
「祐一、それはないと思うよ・・・」
 名雪が心配そうに言ってくる。まあ、当然と言えば当然か。
俺は名雪の目をまっすぐ見つめると、
「いいか、俺は親なんかよりお前の方が大事なんだ」
「わっ、恥ずかしいこと言ってるよ・・・」
「本当、よくそんな恥ずかしいこと言えるわね・・・」
 うっ、そう言われると急に恥ずかしくなってきた。
「まあ、これはあたし達の出る幕じゃないわね」
「おい香里、それはちょっと酷くないか?
 俺たち、家族だろ? 助け合わないとな」
 北川、お前も十分恥ずかしい奴だよ。
「そういう事じゃないわよ。勿論、あたしもどうしたら
相沢君のお父さんの説得出来るか考えるわ。でも、実際話をするのは相沢君と、名雪」
 そう言って俺に目線を向けてくる。俺は、その視線に頷いた。
一週間の猶予か。帯に長したすきに短し・・・待てよ!?
「おい北川、その郵便の日付いつになってる?」
 俺はあることに気付いて手紙をしげしげと眺めていた北川に慌てて問いかける。
「ええと・・・11日だから、6日前だな。おいまさかこれって?」
 俺は沈痛な面もちで頷いた。くそ親父、また郵便料金けちったな・・・。

 それから一時間もしないうちに、親から明日行くぞと電話があった。



「じゃあ、あたしたちは夕飯の材料買ってくるから。取り敢えず二人で考えておいて」
「なあに、出来るだけ早く帰ってくるからさ」
 そう言い残して、香里と北川は商店街へ買い物に出掛けていった。

 ふぅ、明日か。そう言えばあの二人はどうしようか?
二人揃ってたらまずいかな。まあ言わなけりゃ分からないだろう。
 俺がちょっと現実逃避していると、名雪が何か言いたそうにしているのに気付いた。
「何か言いたいことがあるのか?」
「うん・・・あのね、行ったら、ダメかな」
「駄目だ」
 最近は俺も名雪の短い言葉にも慣れて、言いたいことがすぐ分かる。
「北川たちの立場はどうなる? それに、名雪、逃げてるだろ」
 びくっ、と名雪の表情が震えた。言い過ぎたかな。
「ごめんな。でも、名雪はこの家から逃げちゃ駄目なんだよ。それに・・・」
「それに、何?」
「俺は海外に出るのは嫌だからな」
 この俺の冗談(あながちそうとも言い切れないが・・・)に名雪は笑ってくれた。

 小一時間もすると、北川たちは戻ってきた。
「あれ、結構早いな。今日は何を作ってくれるんだ?」
「偶には相沢君も作ったら? 独り暮らだったはずよね」
「焼きそばかカップラーメンでいいならな」
 俺は胸を張ってそう答えた。
「それは料理とは言わないよ〜」
 その場はちょっとした笑いに包まれた。こういった雰囲気っていいよな・・・。

「それで・・・決心は固まったようね。何かアドバイスはいるかしら」
 香里がこう問いかけてきた。意地悪な笑みを浮かべながら。
「分かってるだろ。要は俺たちの気持ちが一番なんだって」
「残念ね。せっかく恩を売るチャンスだったのに」
 名雪の決心が固まった事を知った香里は、とても嬉しそうにその顔を綻ばせていた。



「・・・ふう、それでいいんだな」
 長い話し合いだった。けれど、ようやく親も折れてくれたみたいだな。
「ああ。俺はこの街にいる。ずっと名雪の側にいる。二度と離れるもんか」
「この街に来ることさえ嫌がっていたお前が、どういった心境の変化だ?
・・・いや、いい。言わないでも判る。あの頃の私たちもそうだったからな」
 俺と、名雪は揃って俯いてしまった。まあ、ばれてどうこうという話じゃないが。
「だが、家族というものはやっぱり必要だ。核家族化が進行しているこの時代だが、
3人でもそれなりに寂しいもんだぞ。ましてや、二人ではな。
 もう一度だけ言う。二人一緒に私と来てはくれないか?」
「祐一と一緒にいられるなら何処だっていい。それに・・・」
 その頃までには俺は気付いていた。俺は立ち上がって、
部屋の押入を思い切りよく開いてやった。
途端に人が二人、折り重なって倒れてきた。
 二人はばつの悪そうな表情をするどころか、逆に軽薄な動作で親父に向かって
手を振りさえする。この確信犯たちめ。だけれどな・・・
「こいつらもいるからな。今は、俺たち4人で家族なんだ」
「ふ・・・はっはっは!」
 親父は、実に親父くさく笑った。実に爽快な、気持ちの晴れ渡る笑い声だった。

 次回予告
季節は別れの時から巡り巡る。悲しみの傷もほぼ癒えた時、
甘美な、しかし且つ逃げ出したくなる悲しみを持つ誘いが彼女の元を訪れる。
そして、彼女は天使に出会った。

次回、session 3 "Little Angel" committed a sin

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